とある道具の制作事情
『手押式水圧ポンプ』を制作することにした俺たちは、早速作業に取り掛かることにした。
まずは、井戸の水面下まで達するための水道管部分と、本体部分の制作に班を分けることになった。
本体部分は精巧な部品や仕掛けの確認もあり、鋳型を作る前に木材で試作することにしたので、マルセロさんが弟子たちを連れてくることになったのだ。俺とギリドはその時間を利用して水道管の作成を行う事にした。
ギリドの工房に併設された倉庫には、様々な金属のインゴットや燃料となる石炭が備蓄されていて、なかなか壮観な眺めだ。これだけでも鍛冶好きの血が騒ぐのである。
その蓄えられたインゴットの中から、今回使用する予定の、銅インゴットを選び出し工房に運び入れた。
俺は、邪魔にならないよう注意しながら、手伝えることを手伝って準備が整うのを待つ。ギリドは慣れた手順で炉に火をおこし火力が高まるのを待つと、岩でできた皿のような器に銅インゴットを載せ、炉の中に差し入れた。
炉の火力を高めるために二人で足踏み式の鞴を踏むと、轟々と音を立てて石炭が過熱する。
部屋の温度も加速度的に上昇して行き全身が汗に塗れるが、目の前でインゴットが融解していく姿を見るのは、想像以上に俺の興奮を掻きたてる。
やがて、銅インゴットが完全に融解して容器にたまると、ギリドは金バサミで容器を取り出し、容器の淵に空いた差し込み口から鉄棒を二本差しこんで軽々と持ち上げ、部屋の隅に置いてある、大きな黒色の岩で作られた型枠――中央部に平坦に磨かれた真四角の窪みが彫られている――に中身を流し込み、溶解した銅を平らに薄く広げていった。
気が付けば岩の上には五十センチ四方ぐらいの薄い銅板が出来ている。
鍛冶屋のイメージ的に叩いて伸ばして銅板を作っていると思っていた俺は、自分の想像力の貧困さに苦笑いを浮かべる。
銅板が冷えて固まったらそれを岩の台から外し、次の銅板を作る。ギリドは五回ほど繰り返して五枚の銅板を作り上げた。
「ちょっと、反対側を持っててくれ」
銅板が完全に冷えるまで待ったあと、ギリドが完成した銅板を持ちあげながら言った。
俺が言われたとおり反対側を持っていると、いきなり腰から作業用と思われる短剣を取り出し、銅板の上から数センチを残した位置にさくっと突き立て、まるでバターのように下まで切り裂いてしまう。残りの部分も切り取ると、銅板は完全に二枚に分かれた形となる。
銅板は薄いとは言え、一ミリから二ミリ位はある。それを容易く断ち切るのを見て、俺は恐る恐る聞いてみた。
「その短剣も魔法の道具なのか?」
ギリドは怪訝な顔で、何故そんなことを聞くのだという顔をしながら。
「普通の鋼の短剣だが、それがどうかしたか?」
俺は「何でもありません」と答えるしかなかった。
ギリドの非常識――俺にとって――は、これに留まらなかった。残りの銅板も同じように処理すると、半分になった銅板をクルクルと丸め始めた。まるで紙の用紙を丸めるような気軽さである・・・・・・。
(これがこの世界の常識的な作り方なんだろうか・・・・・・。違うと言って欲しい誰でもいいから)
俺がそんな感想を覚えているとは全く思っていないであろうギリドは、次々に銅板を円筒形に作り上げると、今度は直径五センチほどの円を持つ長い棒のような木型を取り出し、円筒形の銅板に差し込んで次々とハンマーで形を整え、余長部分を残して余分は短剣で切り落としていく。
出来上がったそれは、余長部分が重なっただけの円柱となっており、そのままでも管に見えなくない。だが、中に水を通せば当然水漏れは避けられないだろう。
どう仕上げるのか考えていると、片側を粘土で塞ぎ、中に砂を詰めるよう指示される。出来上がったそれは、円筒から円柱に変わっていた。
「これをどうするんです?」
俺は答えが待ちきれずにギリドに訪ねるが、
「まあ見ておれ」
そう言って、ギリドは取り合わず、鼻歌交じりに作業を行っている。
ギリドは、全ての作業を終えると再び火を起こし、円柱の余丁が重なった部分を熱し始め、その部分が溶け落ちないよう色を見て調節したり、鏝を当てたりして調節しながら、次々と予兆部分を溶接していった。
気が付けば、まさに銅管としか言いようのない製品が出来上がっている。
「おお、素晴らしい。これなら水漏れしませんね、そう言えば、管同士はどうやって繋ぎ合わせるんです?」
「そんなの簡単だろう。片側を叩いて小さく調節して、動物の皮を水漏れ防止に巻き付け、そのままもう一方の管に突っ込んで、外側から圧迫して固定すれば漏れる事は無い」
俺はそれを聞いて、確かに言われてみればそのとおりだと思った。
それに、機械がなくても人は工夫次第で何でも作り上げることが出来る。という真髄を見た気になり、感心する事しきりだった。
銅管の製作があらかた終わった頃、丁度タイミング良くマルセロが数人の弟子たちと共に戻ってきた。マルセロと弟子達は、手押しの台車に沢山の道具と材料を抱えて来ていたので、早速本体部分の制作に取り掛かる。
本体部分は可動部があるなど複雑な部分なので、もう一度改めて全員に説明を実施し、大方の理解が得られたところで、担当をそれぞれの分担に分け、自分は特定の分担に入らずに全体の相談役を務めることになった。
その日は、話し合いで時間が過ぎたため、制作は明日からという事になった。俺はその日もまた、ギリド宅に宿泊し、翌日に備えることにした。
翌日から大雑把な模型作りが始まる。板切れや、針金、木切れのほか、ピストン部分には銅管の一部を切って使用し、大雑把な模型が完成した。
ぎこちない動きではあったが、意図した動きにはなったので、全員がイメージを得る手助けになる。俺は模型を動かしながら、細部にわたり注意点や構造上必要な点などを伝えていく。各人から飛んでくる質問に答え、完成品のイメージと必要な知識を伝えていく。
全員が自分の担当する部分について理解し、本格的な制作に関する議論が始まる。そこまで行くと、殆ど俺の出番はなくなる。
彼らは手で物を作り上げる達人たちであり、俺より遥かに完成形に近いイメージを脳内に構築できるらしく、一度イメージを掴んでしまうと、俺は足手まといでしかない。
そして驚くべきことに、次の日には木製の完成品に近いものが出来上がっていた。それどころか、持ち手の部分は使用者が使いやすいように形が整えられ、美しい飾り彫刻まで入っている程の余裕ぶりである。
俺たちは細部の検討をするため、桶に水を張り、即席の台座に据え付けて動かしてみることにした。
(うまく動いてくれよ……)
内心はドキドキである。
レバーを押すと、ぎこちない動きであったが、ピストンが上下しているのが判る。俺は多少もたつきながらレバーを上下した。
ゴポゴポ、ザー
水が吸い上げられる鈍い音ともに、出水部分から水が流れ出た。その場を一瞬沈黙が覆い、そのあと大歓声が沸き起こった。
「コイツは凄い。とんでもない道具だぞ、魔法も使ってないのに何でこんなことが出来るんだ」
ギリドが興奮して言い。
「まったくだ、こいつが街の井戸に設置されたら、どれだけの騒ぎになるか想像もつかんな」
マルセロが感嘆の言葉を吐く。
ほかのメンバーも夢中になり、代わる代わるレバーを動かして、確認している。
多少冷静になった俺は、ピストンの動きがぎこちないことや、持ち手の長さを調節することなどを提案し、最終調整を終えた。
ギリド達はさっそく鋳型の製造に入っていたが、俺は「後は任せろ」との言葉に従い、厨房の出来具合が気になったこともあり、一旦店に帰ることにした。
店の近くまで来ると、なぜだか人だかりができていた。
どうやら厨房の制作が完成間近に近づき、大きな煙突や調理器具を一目見ようと集まっているらしい。
これが流行れば、メルケル一家にとっては儲けになるので、俺は野次馬達を気にせずに、自分の部屋に戻った。
歩いて戻ってきたため、汗をかいており不快感が強かったので、汲み置きの水で体を清める。濡らした布で丹念に体を拭くのだが、正直完全に不快感を拭うには至らない気がする。もう慣れたと言えば慣れたが、風呂が欲しい気持ちに変わりはなかった。
着替えをしてから厨房の様子を見に行くと、メルケルが待ち構えていた。
「ウート、またおもしれーもん、作ってるらしいじゃねえか、俺にも一杯噛ませろや」
「そのあたりは、マルセロさんと相談してください。多分設置はお願いすることになるんじゃないかと思いますが、今回スポンサーはそちらです」
「おう、わかってるよ。厨房の方も後は仕上げのみだな、確認していくか?」
「ええ、お願いします」
俺はメルケルと連れ立って、新しくなりつつある厨房に足を踏み入れた。そこには、想像以上に整えられた設備が完成を待っている。
巨大な煙突が付いた薪を利用するオーブンに、肉や野菜を炒めるのに適したホットプレート、火口を小さくし、火力を調整しやすくしたコンロ等である。
これなら調理の手間は大分捗るだろう。完成が待ち遠しかった。
「素晴らしい出来ですね、想像以上だ」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたいな。なんかあったら遠慮なく言ってくれよ」
俺の感激した様子に、メルケルも目を細めて答える。
「わかりました。それと、今思いついたんですが、今後これと同じものをメルケルさんは作って行くつもりなんですよね?」
俺は、この設備の完成度を見て、模倣を抑制するアイデアを思いつく。
「ああ、そのつもりだが?」
メルケルは怪訝な顔で問い返す。
「それなら、目立つところに独自の“マーク”を付けるのはどうでしょう? これを作ったのはメルケル一家の仕事だという“マーク”ですね」
「それを付けたらどうなるんだ?」
「この設備を見て、新しく同じものを作りたいと思った時、その人がメルケル一家に依頼するとは限りませんよね? 特にこの街ならいざ知らず、よその町ではそうなると思うんですよ。でも、これを最初に作ったのはメルケル一家ですから、本物を作れるのもメルケル一家だと世間は認識しているわけです。そこで、メルケル一家が作ったのかどうかを簡単に見分ける目印を目立つところに表示しておき『それが無い物は偽物である』そう宣伝します。そうすれば、本物にこだわる人ほどメルケル一家に依頼してくると思うんですよ」
メルケルさんは、俺の説明に驚きを隠せない様子で、口を開けたまま放心している。
「そうですね、後から簡単に細工できないように、煉瓦に“マーク”を掘って埋め込んじゃいましょう。“マーク”や建築法を勝手に使用した相手には、それを証としてアイデアの盗用を糾弾できます。それに、最終的には建築方法と“マーク”の使用権を認める代わりに技術指導料と“マーク”の使用権で商売できるんじゃないでしょうか?」
俺はその思い付きのアイデアが気に入り、是非ともやらなければと思った。この厨房設備は簡単に真似されて良い物ではないと思ったからこそのアイデアで、それを守るためのブランド戦略を思いついたのだ。
それに、マルセロの話を聞いて、この街には新たな産業を育成する必要があり、この設備がその端緒になるのではないかとの閃きもあった。
この設備は、今後広まっていくであろう料理法にはある意味必須であり、その需要は大いに期待できるはずだ。ならばそれに併せて、メルケル達の技術も売っていくべきだろう。
「ちょっと待ってくれ、おめぇの話は小難しくてわからねえ、ちょっと若いの連れてくるからそこで待っててくれ」
俺は思わずずっこけた。一人で先走りすぎていたらしい。確かに、今までに無い概念をいきなり説明されても簡単には理解できないのかもしれない。だが、これは是非ともやっておくべき事だろう。
メルケルは現棟梁と若い少年を連れ立ってくる。俺はその二人にも同じ話をしてやるが、棟梁は理解できなかったらしい。しかし、若いだけあって思考が柔軟なのか、少年は理解したようである。
「親方、こういうことじゃ無いでしょうか。今んとこ、これを作れるのは俺たちだけなので、俺たちだけの“マーク”を付けて、見よう見まねで作った他の奴と見分けられるようにする。そうすると、より信用のある俺たちの方に仕事が来ますよね? もし他の連中が同じ物を作りたいから教えてくれと言ってきたら、教えてやる代わりの手間賃と本物を証明する“マーク”の使用料を請求出来る。と言う事じゃないかと」
俺は少年の理解が正しい事を示すため、乱雑に頭を撫でてやった。
「そんなにうまくいくのか?」
棟梁は懐疑的だったが、やって損は無いと言うメルケルの言葉には頷いた。
これが後の世に言う、メルケルキッチン誕生秘話、だったりなんかはしない。多分な。
それから三日間は、ギリドの家と、自宅を往復して過ごした。
厨房の方はほぼ完成し、最後の仕上げである“マーク”の煉瓦制作を行っているところだ。ちなみに煉瓦の作成方法も、
手押し水道ポンプは鋳型から取り出し、組み立ても完了、実験も完了。後は据え付け工事を残すのみになっている。
そして、今は井戸に水道管を敷設して貰っている。当然、メルケルのところに頼んだ。
水道管を水位の変動に左右されないよう、なるべく深めの位置から敷設していく。基礎にした木の柱に添うように敷設していき、ついに井戸の上迄敷設する事が出来た。
後は『手押式水圧ポンプ』が到着すれば据え付けて使用可能になる。それを思うだけで、じわじわと喜びが湧いてくる。
(これで明日からは、ちまちま水くみしなくて良くなる。これもマルセロや、ギリドのおかげだな。明日はみんなを呼んで宴会にしよう、キッチンの馴らしもかねて盛大に行こう)
そう思い立つと、せっせと材料を買い込んで、準備を進めた。
翌日は、朝から先ず手押し水道ポンプの設置をやることになった。
「よし、そこに下ろせ、ちょっと待ってくれ繋げる・・・・・・、よし、下ろしていい。」
ギリド監修の元、水道ポンプが接続されていく。しっかり固定された後、俺は何回か手応えを試し、問題無いと判断する。
「では、ハンナ、お願いします」
俺はハンナに頼んで、初使用を試して貰う事にした。何というか、関係者が大勢集まって見守る式典みたいな感じになっている。
「じゃあ、いくよ。ほんとにここを押すだけで良いんだね?」
ハンナは恐る恐るレバーを押し、ぎこちないものの少しずつその瞬間が訪れるのをみんなで待つ。
その瞬間は、あっけないほど突然訪れた。
出水口から勢いよく水があふれ出し、その下の水桶に溜まっていく。
「成功だ・・・・・・」
誰かが呟いて、みんなで一斉に歓声を上げた。
俺は、感極まりながら、ギリドとマルセロを見つけ、固い握手を交わした。
「ありがとうございました」
俺は二人に礼を言った。この二人の協力無くして完成させるのは無理だっただろう。
「いや、礼を言うのはこっちの方だぜ、ウート。こいつは凄いもんだ。この街の宝になるだろうよ」
マルセロが感極まって言えば、
「久々に、面白い仕事だった、またいつでも遊びに来い。ただし手土産は忘れるなよ。ガッハッハ」
ギリドも自慢の髭を撫でながら、満足そうだった。
集まった人々は、代わる代わる手押し水道ポンプを試し、はしゃいでいる。
ひとしきり全員が堪能したところで、次は厨房だと全員が一致し、厨房が立錐の余地も無いほど一杯になる中、俺がコンロに最初の火を入れた。
炭に火が付くと、全員から拍手が飛び出し、それに満足した俺は全員を店内に追いやる。
ホットプレートとオーブンにも火を入れ、オーブンでは用意してあった大きな『兎肉のグラタン』を入れて焼き、ホットプレートでは様々な肉や野菜を焼く。つまみは用意してあったが、料理が無くては始まらないので、フル稼働で作り、どんどん出していく。
今まで不自由な環境で培った料理の腕が、遙かに効率の良い環境で振るわれたため、予想以上に料理が進んでいく。俺は気分だけ一流料理人になったつもりで作り続け、全ての材料を使い切るまで止めなかった。
やり遂げた満足感と共に、最後の料理を片手に宴席に加わると、みんな良い感じに出来上がっている。
そんな俺をハンナが呼ぶ。今日は彼女も飲んでいるのか、上機嫌な様子だ。
「みんな、聞いておくれ。うちのウートとの約束で、一年間は無給と言う事になっていたのだけど。この子は、あっと言う間にこの店を建て直しちまった。こんな才能を持った男を、何時までも無給でこき使うなんて、このハンナさんの女がすたるってもんさねぇ。だから今日から、正式に雇う事にするよ。みんな証人になっておくれ」
俺はもう、照れくさいやら嬉しいやらで、なんだか涙をこらえるのに精一杯だった。
「ありがとうねぇ、ウート。これからもよろしく頼むよ」
ハンナに言われ、俺は頷く事しか出来なかった。
場は最高潮の盛り上がりを見せ、みんなが俺を祝福してくれた。
こうして俺は正式に酒場『ジルとハンナ』の店員になる事が出来た。今更感がないでもなかったが、それでもやっぱり嬉しいものだ。
そして、何より嬉しいのはやっぱり無給じゃ無くなった事だな。日給は大銅貨五枚(五千円)、給与外収入も足せば、大銅貨七枚(七千円)てことになる。
元の世界よりはまだ安いが、衣食住は保証されているし、個人で払う税金も無い。おまけに使い道もあんまり無いので十分な収入と言えた。取りあえずは貯金する事にしている。
勿論、目標は魔法の道具購入だ、いい出物にあえるといいな。




