第7話 鉱山の竜
俺たち三人は、ミスリル採掘場への入口手前で馬車を降りた。
ミレーヌはすでにやる気満々、細い背中が頼もしく見える。その姿を眺めていると、最後にリズが降りてきた。
リズの右の手のひらから見えない力――魔力が流れ出すのを感じる。すると、草木一本ない鉱山の山道から植物の芽がピョコンと生えた。
またたく間に成長し、蔓を伸ばしていく。蔓の先には瑞々しい果実。瓜だ。それくらいは俺にも分かる。
コリンは目を見開き、唖然とした顔で見ていた。
「こんな魔法……見たことありません」
リズはちらりと上空に目をやる。
「亜竜はギガントレックスだけじゃないようですね」
――鳥?
「なんだ、ありゃ」
思わず口にして違和感に気づいた。
大きさは翼を広げて五メートルは優にある。長い嘴に、コウモリのような皮張りの翼。鋭い鉤爪。頭には特徴的なトサカ。
「あれは、亜竜の一種。飛竜ですことよ」
「いや、飛竜っていうか。翼竜じゃね?」
ミレーヌはこともなげに言うが、俺の中の飛竜のイメージとは微妙に異なっていた。
前世に恐竜図鑑で見た姿だ。異世界で出会えるとは思ってもみなかった。
リズは、コリンへと声をかけた。
「ここも安全ではなさそうですから、この子を置いていきますね」
この瓜を? てっきりデザートを自分で出したとばかり思っていた。
俺の疑問は、すぐに解消された。
飛竜の一体がこちらに向かって飛んでくる。すると、瓜がぐりんと飛竜の方を向き、何かを飛ばした。
種だ。
何かの番組で見たことがある。実が熟すと、内部の水分の圧力が高まって種を飛ばす、珍しい植物。
機関銃のような勢いでターゲットの頭と翼を撃ち抜く。種と粘液の猛烈な斉射を浴び、飛竜はそのまま墜落した。
ミレーヌは、「あれも回収しておいてくださいませ」と、コリンに冷静な指示を飛ばす。
魔獣の頭を撃ち抜くような威力があるとは、番組では紹介されていなかったがな。
いや、異世界の怪しい魔法から生まれたのだ。俺の常識を当てはめてどうする。
そして、撃ち出された種から新たな瓜が生まれる。繁殖する砲台とは驚きだ。
リズは儚げな足取りで歩き始めた。
「それでは行きましょうか」
……こいつ。遠隔攻撃手段まで持っているとは。
近接アタッカーのミレーヌ。植物を使っての拘束と爆撃、加えて魔法薬による支援のリズ。
そして、無能の美ボディおじさん。アンド、戦闘の役に立たない使い魔のコンビ。
なかなかの布陣じゃないか。後半を除いて。
ギガントレックスの強さは知らない。だが、この二人がいれば。俺は早くも安堵していた。
さっきまでは不安で揺れていた足元も、しっかりしてきたように思える。
「そんじゃ、さっと行ってサクッと片付けようじゃないか」
力強い言葉をかけ、ぐんぐん進んでいく。竜退治も、安全だと分かっていればサファリパークのツアーみたいなもんだ。
スローライフ、ときどきスパイス。こういうのでいいんだよ。
「主よ……リズリンド様の力をあまり過信しないことだな」
また余計なフラグを立てようとしている。こいつは、こういう癖があるのだ。
「なんだよ、お前も見ただろ。植物魔法、たいしたもんじゃないか」
「そうだな。本気を出せば主に次ぐ強さと言っても……いや、あるいは」
なら、なおさらのこと問題ないだろう。
「なあ、俺ドラゴン肉って初めてだぜ。ミレーヌはあんまり美味くないとか言ってたけどさー。やっぱ、何事も経験じゃね?」
すると、前を歩くミレーヌがさらりと言う。
「お師匠さま、先日はああ言いましたけど。あまり興奮させると、筋肉の収縮や毛細血管の破裂でまずくなりますの。
それも野性味ですけど、静かに首を落とす……それが一流の技、本物の味をご賞味いただきましてよ」
グルメハンターのようなセリフを放った。
リズは「タンにトロロをかけると、それはもう……」と呟き、口元をハンカチでそっと押さえる。
「いやいや、イチボもイケるぜ」
そんな会話を飛ばす俺たちに、ゼファスは口をつぐむのだった。
***
ミスリル採掘場――
てっきり昔の坑道のように狭くて暗い穴なのかと思っていたが、二車線くらいの広さはある。天井も高く、しっかりとした造りだ。
ミスリルについては、俺の持つ異世界知識とさほど変わらなかった。
魔石ほどではないが魔力を含んでいて、精錬すると軽くて強い素材となる。武具から乗り物、祭具まで用途は幅広いらしい。
そして今回の獲物だが、情報によると体長は十メートル超、体高五メートルほど。これでも種の中では小ぶりだという。
なお、魔獣の中には、魔力を含む鉱石を捕食するものがいるという。ギガントレックスの狙いはそれ。
若い個体が縄張りを求めて流れてきた。そんなところだろう、とのこと。
それを聞いて、もちろんビビったのは言うまでもない。当たり前だろう。
しかし、こちらには戦闘魔法使いがいるのだ。特にリズは、かつてのベアトリスに勝るとも劣らない一流だという。
なんとかなる……はずだ。
そうはいえども、俺は二人の背に隠れるように付いて歩く。やはり、現場が近づいてくるとプレッシャーが違う。
坑道の中は真っ暗だが、リズの体から見えない力が溢れ出したかと思うと、壁一面が光りだした。ヒカリゴケだ。
なんとも便利。一家に一人欲しい魔法使いだ。
続いて、ミレーヌがそっと手を触れると、岩肌そのものが青白く発光しだした。光は連鎖的に広がっていく。ミスリルが魔力に反応しているのだろう。
二人の魔法使いのおかげで、ランタンなどなくても足元を見るには十分な明るさだ。
そして、視界が明るくなると惨状が嫌でも目に入る。
ミスリル鉱石を運搬するトロッコもレールも、めちゃくちゃに荒らされている。
鋼鉄製のレールは曲がり、重厚で頑丈そうなトロッコは脱線してひしゃげている。
ところどころ、黒ずんだシミが飛び散っているが、これが何なのかは想像したくなかった。
俺のテンションは、一気に急降下。
さっきまで部位の食べ比べのことを考えていたのだが、もしかしてこっちが食べ比べられる側なのでは……。
背中に嫌な汗が流れた。
「お師匠さま、魔力集中ですわ」
先頭に立つミレーヌは、腰の二本の短剣を抜く。魔力が迸り、刃が淡く輝いた。
「あ……うん」
間の抜けた声で返事。ヒポグリフとの戦いの後も、魔力集中なるものは試してはいるが、あのとき出た小さな炎すら再現することはなかったのだ。
足元の石をそっと拾い上げる。カラス相手にはそこそこ戦えるようになってきたが、果たしてどこまで通じるだろうか。
一行は奥へ踏み込む。迷路のように坑道は広がっているが、亜竜の魔力反応を追っているのだろう。ミレーヌの足取りに迷いはなかった。
最奥は開けた空間になっていると聞いている。巨体の巣はそこだろう。
進むほどに設備は荒らされ、黒いシミが増えていく。折れた剣に、噛み砕かれた鎧……。俺はいつしか、ミレーヌの背中を見ることだけに集中していた。
「主よ、ずいぶん静かではにゃいか」
ゼファスが煽ってくるが、口元は固く結んだまま。手の中の石を握り締めていた。
やがて――ミレーヌの肩がビクリと揺れた。
「向こうもさすがに気づいたようですわね。狭い場所は不利。急ぎますことよ」
言うが早いか、足元が悪い坑道内をヒラリと舞うように跳ぶ。腰布が浮き上がったところまでは見えたが、あっという間に視界から消えた。
「あらあら、元気……」
リズもそれに付いて行く。儚げな所作のわりに、やたらと俊敏だ。
「おいっ」
俺も慌てて走り出した。こんなところで一人にされるのはご免だ。
やがて開けた空間が見えてきて、勢いのまま駆け込む。
そして、目にしたのは亜竜ギガントレックス。
――数字だけだと、そこまでピンとこなかったんだけどな。
丸太のような筋肉の塊の脚。前傾姿勢で、太く長い尻尾がゆらりと揺れる。前脚は短いが、ナイフのような爪。
頭は異様に大きく、半分は顎。開いた口には鋭い牙が並び、全身には赤茶けた鱗。
その凶悪なフォルムに、足が止まる。手にした石を取り落とした。
「いや……これはダメなやつだろう」
それだけを絞り出すように口にしたところで、風を感じた。
俺の脇腹から、わずか数センチ。巨大な尻尾の先端が、植物の蔓に絡め取られていた。
まったく見えず、反応もできない。リズがいなければ、今ので終わっていた。
尻尾から目を離せずにいると、絡みついた蔓から薔薇の棘が生まれ食い込んでいく。
ギガントレックスの叫び声に視線を上げると、首と四肢もギリギリと茨が絞め上げていた。
「ミレーヌさん。お肉が美味しいうちに……」
リズの声と共に、紅の閃光が視界を横切った。続けて、淡く輝く短剣が鱗のない喉元に滑るように差し込まれる。
魔力の光が、首の反対側の鱗を突き破った。
ミレーヌは回転するように体を捻り、一気に振り抜く。着地し、飛び退くと巨大な頭が血を噴きながら自由落下を始めた。
ミレーヌは、フンッと鼻から強く息を吐く。
「これしきの魔獣を討伐できないなんて、最近の冒険者は日和ってましてよ」
――開いた口がふさがらない。
強いことは知っていたが、まさかここまでの戦闘能力とは。さすが、対魔女の決戦兵器だ。
いや、リズの魔法があってこそだろうが。それにしても、鮮やかすぎる。
そして、俺は指一本動かせず、見ているだけで終わった。いや、それでいいんだけど。
ドウッと倒れ込み痙攣する巨体を、息も忘れて眺めていた。
ミレーヌがこちらを振り返る。
「お師匠さま、ナイスアシストですわ」
と声をかけてきたが、何がナイスなのか何一つ分からない。俺は曖昧な笑みを浮かべるのみ。
ミレーヌは「さっそく解体いたしますことよ」と亜竜の遺体に近づいていく。
そのとき――
俺は自分でもわけもわからずに叫んでいた。
「離れろミレーヌ!!」
とてつもなく嫌な予感に襲われたのだ。理屈なんて知ったこっちゃない。とにかく、ヤバい。
一刻も早くここから逃げるべきだ。
魔女ボディの本能というものがあるのなら、これがそうなのだろう。
「逃げ――」
言いかけた俺の目の前で、ミレーヌの腹に尻尾が撃ち込まれる。体が猛烈な勢いで壁まで吹き飛ばされ、激突した。
「おいっ!!」
大声で呼びかけるが、返事がない。
リズへと振り向くと、それまでの余裕顔がなく、真剣な目つきで首を失ったギガントレックスを見ていた。
茨はまだ絡みついているが、それを暴れ回りながら引きちぎっている。
「私の魔法が弱くなっています、お姉様。このままでは……」
どうして? そう思う間もなく、リズの腹から盛大な音が響いた。
続けて、ゼファスのため息。
「だから過信するなと言っただろう。リズリンド様の魔法は強力、そして燃費は最悪にゃ」
昨日あれだけ食ったのにか。いや、それは一旦置いておく。
それよりもだ。
「亜竜ってのは、首を落としても死なないのかよ!?」
いや、それがこの世界の常識ならミレーヌは油断しないはず。何がどうなっているんだ。
「真亜……だろうな」
ゼファスの声。
「それは……」
「亜竜の中でも、特別に進化した個体。
それでも真竜には遠く及ばないが、魔獣ランクは特A級。災害認定にゃ」
リズは小さく頷く。
「真亜は心臓からの魔力供給が途絶えない限り動き続ける……
けど、百年以上生きないと進化はしないはず。こんな若い個体が?」
言っている間に、リズの茨の拘束がどんどん引きちぎられていく。
「お姉様、何かカロリーを……」
儚げな瞳が、すがるようにこちらを向いた。
「カロリーって……そんなこと言われてもな」
俺は困惑しながらバッグを漁る。
「これしか持ってないぜ」
謎植物の種を鷲掴みにして、リズの手に握らせた。
「あら、なつかしい。子どもの頃、うちはこれしか食べるものがなかったから。
お姉様ったら、初心を忘れないようにって、悔しいことがあるといつもこれをつまんで……」
魔王一家の成り上がりと、ベアトリスの臥薪嘗胆は、この際どうでもいい。
リズは謎植物の種を口に放り込むと、ボリボリと咀嚼する。
「貧乏の味ですわね、お姉様……」
「余計な感想はいいからさ、どうなんだ?」
リズは首を小さく横に振る。
「あと少しくらいなら。でも、このままでは……」
ミレーヌはまだ動かない。
「ゼファス、ミレーヌは生きてるんだろうな?」
「脳震盪でも起こしたんだろうな。あれくらいで死ぬほどヤワなやつではないにゃ」
さすがは身体強化魔法か。
しかし、状況は好転していない。拘束が解ければ、あの尾と前脚の鋭い爪の餌食だろう。
……ミレーヌを担いで逃げるか?
「主よ、まずいな。まだ進化は終わってないぞ。これは異常……普通じゃないにゃ」
赤茶けた色だった鱗が、青灰色になり淡く輝き出した。ミスリルの輝きと似ている。
前脚が太く長くなり、後ろ脚も倍近い太さへと膨れ上がっていく。
そして。
「魔法が来るぞ」
ゼファスの一言で、巨体の周囲の空間が歪んだ。
膨大な魔力が首なしの竜から溢れ、破壊の魔法が俺たちへ襲いかかろうとしていた。




