第6話 第一歩
ミレーヌは聖光国という名前に異様な反応を示した。
こいつのターゲットは、王国の為政者連中のはずだ。しかし、王国の現聖女であるエリスマリアは、その聖光国の出身だったはず。
この二国の繋がり、どうやら訳ありのようだった。
明日は亜竜ギガントレックス討伐。晩飯を待ちながら、俺は気になることをゼファスに問いかけた。
「なあ、聖光国ってどんな国なんだ?」
「いわゆる宗教国家だな。聖皇とかいうやつが国家元首であり宗教上の最高指導者にゃ」
国内には三つの公爵家があり、元々は別の国を治める王家だったそうだ。長らく三つ巴の争いを行っていたが、戦いを終わらせたのは武力ではなく宗教。
以来、三つの公爵家は聖皇を選出し、国を統治しているという。
ゼファスは尻尾を揺らしながら続けた。
「まあ、武力衝突で疲弊するよりも、持ち回りでトップを決め、平和裏にやっていこうとしていたにゃ……最初はな」
時代は下ると、持ち回りは有名無実化。特定の家が聖皇位を独占したかと思うと、他の家が勢力を増して入れ替わる。
一つの国家の中で、三つの大貴族が常に覇権争いしているような状態らしい。
「で、それが王国とどう関係するんだ?」
その質問に、ゼファスは「鈍いにゃあ」と溜息を洩らした。
「あのハントとかいう男が言っていただろう。亜竜討伐にクルセイダー派遣の打診があったと。
聖光国の公爵家はな、他国のゴタゴタや困りごとに介入して自分の勢力に取り込もうとする性質があるにゃ」
恩を売り、信徒を増やす。公爵家の勢力は、傘下にある教会と信徒の数で決まる。そうやって次代の聖皇を輩出するために権勢の拡大に熱心なのだという。
とすると、王国の現聖女が公爵家出身というのは……。
「なあ、それってやっぱ俺のせいなのかな」
ベアトリスが戦争を仕掛けたのが原因で、聖光国に付け入る隙を与えた。それが今の状況につながっている。
だがゼファスはドライだった。
「聖光国のやり口は今に始まったことではない。分かってて乗っかる……自分の国の舵を渡す選択をしたなら、それはそいつらの責任にゃ」
そうは言うがな。
俺はミレーヌのことを少し誤解していたのかもしれない。言動はかなり過激ではあるが、あいつなりに国を思う気持ちは本物だったとしたら……。
そんな気持ちを抱えた俺の目の前に鹿肉シチューが置かれた。ミレーヌはいつも“血肉にこそ魔力が宿る”と、てんこ盛りに肉を入れてくる。
溢れんばかりのジビエに口福を感じながら尋ねた。
「なあ……お前、聖光国の息のかかった王国の連中を排して、国を取り戻したい。それが目的なのか?」
「そうですわね。あいつらのご利益の怪しい神に惑わされた子羊を、正しき道に引き戻す。それが聖女の勤めでしてよ」
微妙に噛み合っていない気はするが、ただの思い込みや被害妄想でもなさそうだ。なんとなく話が見えてきた気がした。
俺は肉を飲み下すと、ミレーヌの目を見て言った。
「お前が私怨じゃなくて大義のために立ち上がるってなら、厄災の魔女は聖女ミレーヌにつくぜ。
王国、取り戻そうじゃないか」
そもそも戦争を仕掛けたのはこの体の前の持ち主だがいまは関係ない。俺が決める。文句は言わせない。
ミレーヌの目が、俺を真っすぐに見つめてきた。
「お師匠さま……」
俺は親指をビッと立てた。そして、
「……あれ? ベアトリスってなんで王国に戦争仕掛けたんだ?」
根本的な疑問に至るのだった。
***
ゼファスは盛大なため息をついた。
「記憶喪失は仕方ないがにゃあ……そこからか」
鹿肉を頬張りながら、俺に顔を向けてくる。
「月影竜にゃ」
月影竜バクナワ。真竜の一体。
いまの王国の土地一帯はかつて海にあり、バクナワの領域だったという。だが大規模な地殻変動によってバクナワは地の底に呑み込まれたという。
地の底に眠るバクナワから漏れ出した魔力が、地下鉱脈を形成している。
「王国は、そのバクナワからもたらされる魔石の一大産地。そいつが狙いにゃ。魔王様の計画には大量の魔石が必要だからな」
魔王の長女たるベアトリスの目的は魔石か。まあ、分かりやすいといえば分かりやすい。
俺はミレーヌに取引を持ち掛けた。
「なあ、ビジネスといかないか。魔石の取引は、お互いに納得のいく条件を決める。
俺は契約の筋を通す。そいつを邪魔するやつは敵だ」
ミレーヌは小さく頷いた。
「聖光国は強大。なれど、お師匠さまのお言葉は、万の軍勢よりも私に力を与えてくれましてよ」
見つめ合うアメジストの瞳とルビーの瞳。俺も静かに頷き返した。
そのとき――
「あらあら、お姉様。美味しそうなお夕食……」
ぞわり、と総毛立った。
振り向くと、いつの間に家に入ってきたのか、俺の背後に女が立っていた。
ゼファスが震え声で呟く。
「リズ……リンド様」
淡いブラウンの髪に、琥珀の瞳。
垂れ気味の目元を細め、儚げに笑いかけてくる美女。袖が百合のように広がった白いシャツに、モスグリーンを基調としたスカート。
森の妖精でも迷い込んできたのかと、一瞬思った。だが、それもほんの数秒。
――殺られる前に殺れ。
俺は手にしたスプーンを、謎の女の喉元へ突き立てようとした。
だが、阻まれた。いつの間にか植物の蔓が絡みつき、俺の体の自由が奪われていたのだ。
「クッ殺!!」
お約束中のお約束のセリフを放つ。
「あら、お姉様。そんなに興奮されて……」
謎の美女は、にこりと笑うだけ。それ以上の攻撃はない。
「お母さまは放っておけと仰っていましたけど。私も楽しいことしたくて、来ちゃいました」
儚げな笑みを浮かべ、俺の皿を見る。
気づけば、ミレーヌが謎の女の背後に回り込んでいた。
「怪しいやつですわ」
「怪しいなんて……お夕飯が冷めないうちにいただきましょうね」
言い終わったときには、ミレーヌの腕を植物の蔓が拘束していた。
女は何事もなかったように、コンロにかけていたシチューの鍋を持つ。テーブルにドンと置いて着席。そのままオタマですくって、流れるように食べだした。
「あら、野性味あふれるお味。魔力に沁みますわね。お食事は落ち着いて楽しみましょう」
俺たちを縛っていた植物が解かれた。
女は視線をゼファスの皿の鹿肉へと向けると、ゼファスは慌てて肉を頬張った。
なんだこいつは。俺は恐る恐る問いかけた。
「お前、いきなり入ってきて、人んちの飯を食う妖怪か?」
そんなやつがいたような気がするが、儚げ美人の設定だったかは覚えていない。
「お姉様、本当に変わられてしまって。面白……いえ、悲しいわ」
それでも、オタマでシチューをすくう手は止まらない。
ゼファスは肉を飲み下すと、俺に声をかけた。
「主よ、魔王様の次女、リズリンド様にゃ」
「妹……? リズリンド」
「リズで、お姉様」
儚げな微笑みを返してくる。そして、もう鍋を空にしていた。
「お夕飯、前菜の次は何が出てくるのかしら」
――この食欲、ただ者じゃない。
リズはちらりと振り返り、ミレーヌを見た。
「可愛らしいお嬢さんも、よろしくね」
ミレーヌは口元をぴくりと動かすと、短剣を鞘に戻す。自分の席に戻ると、リズに向き合った。
「噂は耳にしたことがありましてよ……暴食の魔女」
そのままの二つ名に、俺は思わず喉を鳴らした。だが、リズは即座に否定。
「暴食だなんて……美味しいものが好きなだけ。
みんなそうじゃない」
そう言いながら、ミレーヌの皿に視線を落とす。
ミレーヌが「これは私のですわ」と構わず食べ始めると、リズは残念そうな顔をした。
次にリズは話題を変えてきた。
「それで、お姉様。王国侵攻は諦めた……ということでしょうか。狙った獲物は骨までしゃぶるって、息巻いてましたのに」
「え……」
琥珀の瞳と目が合う。
これは、どっちなんだ? 戦争なんて興味がないと言ったら、どう出てくる。
まさか、裏切り者として始末……。
言葉に詰まる俺。そこにミレーヌが声を飛ばした。
「お師匠さまは、腐敗した王国をぶっ潰すと私と血の契約を結んでくれましたわ。そして、世界の悪と戦うために旅立たれる……
私は浄化された地を立派に治めてみせる。美しき物語はこれからですのよ」
いつそんな契約を交わした? こいつが勝手に立てたプランが、もはや既定路線化している。
やはりこういうやつだった。少しだけ見直したことを、早くも後悔していた。
やがてミレーヌは皿を空にした。寂しそうに鍋の底をちらちら見るリズへ、声をかける。
「鹿肉はまだありましてよ。香草焼きでよろしくて?」
期待に満ちた眼差しが、バッグから巨大な鹿の腿肉を取り出すミレーヌに突き刺さった。
「でも、働かざる者食うべからず……ですわ。私、セリーナ先生に厳しく教えられてきましたの」
リズは口元をそっと押さえた。
「そうですね。それと、もみじ鍋も……」
腿肉をバッグに戻すミレーヌ。儚げな瞳が揺れた。
「リズ……さん。王国に蔓延る背信の徒が地上を汚しておりますの。お掃除をお手伝いして、美味しいごはんを食べませんこと?」
ゆっくりと頷くリズ。かくして革命の魔法使いがもう一人生まれた。
ミレーヌは食った分は働けとばかりに、リズを亜竜討伐へと加えた。
この妹はミレーヌとは別の意味で、いろいろと危なそうではある。
しかし、あの植物の魔法。ミレーヌを制圧するとは、かなりの使い手。頼もしい戦力加入であることは間違いなかった。
異世界で「お兄ちゃーん♡」ではなく「お姉様」は微妙だが、これはこれでアリかもしれない。
そんなことを思いながら、腹は満ちていくのだった。
***
翌日。俺たちは冒険者ギルドの迎えの馬車に揺られていた。
案内人兼御者は、コリンという若い男。まだ頬にそばかすの残る、少年といってもいいくらいの見た目だ。
二人と聞いていたところに三人現れたので、コリンは不思議そうな顔をしたが、強力な助っ人だと軽く説明してやると「そうですか」とすぐに納得。
美魔女に健康的な美少女、そして儚げ美女の組み合わせにドキドキしているのが手に取るように分かった。
気持ちは理解できるとも。
しかし、その中身はおじさんと危険思想の戦闘民族、そしてわんぱくな食欲。
昨晩リズは、巨大鹿を丸々一頭食い尽くした。ワンボックスカーくらいのサイズはあったんだがな。
そしてコリンが「よろしかったらどうぞ」と、用意していた弁当をモリモリ食べている。
俺は馬車など乗り慣れていないので、揺れで気持ちが悪い。
「お姉様……?」
リズは俺の膝の上にある弁当を見つめながら心配そうな声をかけてきた。こいつが何を気にしているのかは分かっていた。
――まともな飯。
最近は食卓事情が改善されてきたが、俺はずっと謎植物しか食ってこなかったのだ。そいつを取り戻す権利がある。
だが、儚げな視線が突き刺さる。
俺は黙って弁当を差し出すと、リズはそっと受け取る。すると、自分のバッグをゴソゴソと漁り始めた。
「お姉様、酔い止めのお薬。良かったら……」
あるんなら、最初から出せ。とは言えず、差し出された小瓶を受け取った。
蛍光ブルーの液体……。飲んでいいのかどうか一瞬迷ったが、この場で毒殺する意味は何一つないだろう。
ぐいっと、ひと飲み。
「――こいつは」
胃のむかつきが嘘のように消え、頭まで一気に冴えてくる。向かいの席に寝転がるゼファスが解説してくれた。
「リズリンド様は植物魔法の使い手にして、魔法薬の第一人者にゃ」
ヒーラーの加入とは、ますます心強いじゃないか。そして、すっきりすると腹が減ってきた。
「なあリズ、やっぱ弁当……」
もう弁当は消えていた。ミレーヌはまったく気にせず、「まあまあですわ」と自分の弁当を食っている。
俺はそっと視線を窓の外に向け、景色を眺める。
「お姉様、馬車の旅なんて懐かしいですわね。フルーツは出てこないのでしょうか」
――美人が増えても、ハーレムの予感が微塵もない。
俺は窓ガラスに映るアメジストの瞳を見ながら、「やっぱり、この異世界なんか違くね?」と心の中で問いかけていた。
***
馬車はずっと山沿いの街道を走っていたが、目に映る景色がはっきりと変わった。
緑の木々が消え岩山だらけになっていく。ミスリル採掘場とやらが近いのかもしれない。
ゼファスの尻尾が揺れた。
「この魔力……なるほど、そこいらの冒険者など単なる餌だろうにゃ」
俺には全然分からないが、こいつが意味深なフラグを立てるということは、かなりの大物なのだろうか。
ミレーヌが御者台のコリンに声をかけた。
「ここまでで結構ですわ。待っていてくださいませ」
コリンは馬車を止め、心配そうな声をかけてきた。
「あの、僕も皆さんに協力するようにと……」
「無用ですわ。帰りの足がなくなっても困りますから」
ミレーヌは馬車のドアを開け、軽やかに降り立つ。拳を力強く握ると、タクティカルグローブの革が、指の動きに合わせて軋んだ。
「お師匠さま、まずは手始め……ここから始まりましてよ」
何が始まるのかは、聞くまでもない。ここで聖光国の目論見を潰し、ついでにこの地で基盤を作る。
追放聖女のリブートが始まったのだ。
そして俺は……。
「主よ、ヒポグリフなど目じゃない化け物がいるぞ。心してかかるんだにゃ」
もう帰りたくなっていた。




