第5話 ドラゴン案件
あれから一週間、実に穏やかに過ぎていた。
ミレーヌは「弟子として、下働きは厭いませんことよ」などと、お嬢様戦闘民族のくせに殊勝なことを言ってくる。当然、期待は爆上がりだった。
さっそく、二日目から沢への水くみをお願いした。いままでは早朝から昼までこの仕事だったのだ。なんなら身体強化魔法で、用水路を掘ってもらってもいい。
ワクワクしながら桶を渡すと、ナチュラルに言い放ってきた。
「お師匠さまの魔法のバッグに、水をためておけばよろしいんじゃなくて?」
思わずゼファスと顔を見合わせる。
「ゼファスお前……どうしてそういう提案をいままで……」
「主こそ、魔法は創意工夫と我に偉そうに言っていたではないか」
前人格が何を言ったか知らないが、俺にはそんな発想の柔軟性はなかったのだ。
このバッグ、見た目は何の変哲もない肩掛け鞄だが、高度な時空魔法がかかったアイテム。異空間に収納するのだという。
こういった魔法の品は、この世界では魔導ギアというらしい。俺の家も魔導ギアの一種。ミレーヌの装備品一式もそうだという。
そこでふと気になった疑問をぶつけてみた。
「なあ、強力な魔法のアイテムがあるなら、魔法使えなくても良くないか?」
「お師匠さま、魔導ギアの動力は魔力ですから……
本来は魔法使い以外には使えませんことよ」と、ミレーヌは軽く笑う。
ゼファスは、「そんな常識も忘れたのかにゃ」と愚痴を飛ばしてきたが、この世界の常識などは知らないのだ。それに、その話にはおかしな点がある。
なぜ俺は魔力の使い方が分からないのに、魔導ギアが使えてるんだ?
その疑問を口にすると、ゼファスは、やれやれと言った調子で息を吐いた。
「まずは魔法を思い出して欲しかったんだがな。魔力を結晶化した魔石、こいつで代用が可能にゃ」
そう言うと、ゼファスはバッグから小さな石を取り出した。
黒曜石のような、艶やかな黒い石だ。今見せてくれているのは、十円玉サイズ。
「これが魔石。この家もバッグも、ついでに我の魔力供給もいまはこいつで賄っているにゃ」
そんないいものがあれば魔力の訓練いらなくないか? そんな俺の思いを読んだゼファスは、言葉に出す前に先制してきた。
「いまの大きさで、庶民が三カ月は楽に生活できる価値はある。くれぐれも、見せびらかすんじゃにゃいぞ」
とんでもなく希少な品だということはわかった。俺は黙って頷く。
「猫ちゃん、じゃあこれを」
ミレーヌは、魔石の粒をゼファスに渡した。
「熊から取れたものですわ。魔石は魔獣の体内で結晶化されたもの。ヒポグリフのものは、あの商人に渡しましてよ」
ゼファスは、「ヒポグリフのものなら、そこそこ大きいだろうに勿体ない」と言いながら魔石をバッグにしまった。
そして、俺に向き直る。
「この小娘に水くみをやらせるのも良いがな。それよりも、魔導ギアへの魔力供給に期待だにゃ」
続けて、ミレーヌへと言葉をかけた。
「とはいえ。主の持ち物は一級品揃い……果たしてお前に扱えるかにゃ?」
「そうですね」
ミレーヌはバッグを手に取ると、途端に険しい顔をした。
「これは……さすが厄災の魔女のアイテムですわ。
一気に持っていかれましたことよ」
「まあ、慣れもあるからな。せいぜい役に立つにゃ」
ゼファスは楽しそうに尻尾をゆらした。うってつけのエネルギー供給源がやってきたようだった。
そういうわけで、日々は過ぎていく。
すっかり快適になった異世界ライフ。俺は畑で行商人のダンから貰った野菜の種を育てながら、魔法を思い出すといって適当に瞑想をする日々。
ミレーヌも、あれから過激発言は鳴りを潜めている。このままうまいこと行けば……。
とは、やはり行かなかったのだ。
***
畑でカラスに石を投げてクリティカルヒットを叩き込む。魔法はさっぱりだが、投擲スキルはかなり上達してきた。
「人のシマに手を出してんじゃねえよ」
そう嘯きながら礫を右手で弄んでいると、それはやってきた。
ダンとアリサの馬車だ。
定期的に物資を運んできてくれる約束だったのだ。ミレーヌは、あれから巨大な鹿の魔獣を二頭仕留めていて、こちらから提供する素材もあった。
手を振ると、馬車から顔をのぞかせたアリサが手を振り返してくる。
それにしても、ずいぶん立派な馬を調達できたものだ。二頭連れ立って、力強く荷車を引いていた。
馬車は俺の前に止まると、ダンが軽く会釈して荷車の方を向いた。出てきたのは、アリサともう一人。
……誰だ?
初老の男。
身なりは、普段着ではなく制服のように見える。リーマン時代に見慣れたスーツとは違うが、なんとなく近いフォルム。上等な仕立てだ。
役人か何かだろうか。だとすると、面倒くさい。
俺は税などビタ一文払っていない。誰か来たら、魔女戦争で逃れてきた難民で押し通すつもりだったが、ミレーヌが来るまではこの家を訪ねてくる者などはいなかったのだ。
眉を寄せていると、ダンは初老の男をこの区域の商会長だと紹介してきた。
「こちら、イクシオン・アンド・ハント商会のハント会長。あのヒポグリフの素材、やっぱり話題になりましてね――」
ハントと呼ばれた男は、軽く手を上げてその先を引き取った。
「ベアトリスさんですか? ヒポグリフは、魔獣ランクB。それだけの大物を容易く討伐できる冒険者は多くはありませんからな。
しかも、ミレーヌさんは魔法使いだとか……」
俺もそうなんだけどな。とは言わなかった。ダン親子へこっそり吹き込んだシナリオはこうだ。
ミレーヌは俺の父の弟子の魔法使い。
父は死の間際、枕元で涙ながらに俺のことをミレーヌへ託した。それ以来、父の志を継いだ俺のことを師と呼びながら付き従ってくれている。
なお、戦闘魔法使いの訓練は自己を発狂寸前にまで追い込む苛烈なものである。その影響で多少言動が怪しくなってしまったが、気にしないでくれと、追加設定も盛り込んでおいたのだ。
と、それはさておきだ。
あのヒポグリフ。ミレーヌだから平気な顔をしていたが、普通は風魔法で輪切りにされて一巻の終わり。そこいらの腕自慢が束になっても敵わないだろう。
あれでBランクだとすると、その上にはどんな化け物がいるのやら。
そして魔獣の素材や魔石は貴重。
ミレーヌとよしみを結んで、その調達ルートを確保したい。ハント氏の訪問の意図は、そんなところだと予想がついた。
――どうしたものかな。
もちろん、帰れとは言えないが。なんとなく、ろくでもない案件を持ち込んできそうな予感。
俺はここで畑をいじりながら、ポーションでも作って暮らす予定なのだ。
「……まあ、立ち話もなんだし」
そう言って家へ案内することに。ダンの立場もあるのだ。無下にはできない。
歩き出すと、アリサが並んできた。思わず頬が緩む。
「アリサお前、なかなかオシャレさんになったじゃないか」
最初に会ったときは、色褪せしたヨレヨレの服だったが、小ざっぱりした街娘といった感じに仕上がっていた。元々、可愛らしい顔立ちで、よく似合っている。
アリサは、ぱあっと顔が明るくなった。
「新しい服なんて初めて!! あのあと、隣の領まで行ってきたんだけど、熊の毛皮高く売れちゃいました」
「そうか、あとで旅のこと聞かせてくれよな」
アリサはコクコクと頷くと、さらっと一言飛ばしてきた。
「それで、お姉さんは魔法の訓練順調ですか? 早く使えるようになると良いですね」
思わず微妙な顔になる。師匠と呼ばれながらも、ミレーヌの方が指導する格好になっているのだ。
「……ボチボチだな。なあ、今度は干し魚と昆布も仕入れてきてくれよ。海のアミノ酸も摂りたいからな」
鹿の干し肉となら、好条件で交換できる。アリサは自信満々に胸を叩くのだった。
***
「ふうん、亜竜ギガントレックス……ですの」
ミレーヌは商会長のハントに茶を出すと、さっそく話を聞き始めた。
なお、我が家の茶は一週間前までは謎植物を乾燥させたものだったが、ミレーヌが山で摘んできたキノコや香り高い葉っぱにグレードが上がっていた。
俺はコソコソとゼファスに問いかけた。
「なあ……」
「亜竜とは、野生の巨大トカゲのようなものにゃ」
何を聞きたいかは先読みされていた。
なんでも、この世界で竜と呼ばれる存在は大きく二系統に分かれるという。
ひとつは真竜。
神話伝承に名を残す存在で、魔力の化身。魔獣というカテゴリには収まらない、この世界における超越者。
滅多に人前には現れず、確認されている数は十指に満たないという。
もうひとつが亜竜。
こちらはこの世界に数多く存在する害獣。その見た目はゼファスが言うように巨大なトカゲ。生存圏や姿型は様々だが、一様に凶暴だという。
こう聞くと、亜竜はショボいようだが、真竜がぶっちぎりすぎているだけで、普通にヤバいという。
ハント氏いわく、そのギガントレックスがミスリル採掘場に現れたという。
この地の主要産業はミスリル。その採掘場に高ランクの魔獣。当然、討伐隊が組まれたが全滅だという。
……おいおい。
この後の展開は容易に想像できるが、俺たちがそんなリスクを負う必要がどこにあるというのか。
ミレーヌは、一見さほど興味なさそうな顔をしていた。
「ギガントレックスなんて、肉は固いし、大して美味しいものでもなくてよ」
「ミレーヌさん一人で、とは言いません。冒険者ギルドからも人を出しますので……」と、ハント氏の口元が引きつる。
話が噛み合っていない。だが、俺にはなんとなく分かった。こいつ、吊り上げている。
徒手空拳のミレーヌにとって、この地の商会長や領主と縁が生まれれば、悪い話ではないはずだ。それを、肉が美味いだのまずいだので煙に巻くのは、「そう簡単に針には食いつきませんことよ」という意思表示に違いない。
ハント氏は、ギガントレックスの素材を相場よりも高く引き取ると、条件を上積みする。
「そうですわねえ……お茶、もう一杯お飲みになります?」
さっきからドバドバ注いでいる。よく分からないが、「茶を飲め」が「もう一声」の合図なのかもしれない。これが異世界流なのだろうか。
すると、ダンが後方支援を始めた。
「ミレーヌさん、ハント会長にはお世話になっているので、どうかひとつ……それと、聖光国の動きが知りたいと言っていたじゃないですか」
ミレーヌから魔力の奔流がドンッと溢れ出した……ように見えた。
「聖光国が、どうしたって……それを早く仰ってくださいませ」
ハント氏とダンは、見えない圧にたじろぐ。
ミレーヌは、テーブルからぐいと身を乗り出すと、ハント氏の眼前三センチまで顔を寄せてロックオン。俺も初日にあれをやられたのだ。
ハント氏はしどろもどろに答える。
「あ……ええと。聖光国からクルセイダーを派遣するという話が来ているのですが、その……」
クルセイダー、聖戦士といったところか。なんとも御大層な連中がいるものだ。
俺は「ふうん」程度で聞いていた。なんだか知らんが、討伐してくれるというのなら、それでいいんじゃないか。
すると、ミレーヌは口の端を上げた。
「来やがりましたわね……」
クックと喉を鳴らす。そして、きっぱりと言った。
「お断りですわ」
その言葉に、ハント氏は動揺した。
「いや、そのミレーヌさん。そこをなんとか。魔法を使えない冒険者には手に余る相手でして……」
ミレーヌは、静かにハント氏から顔を離すと、まっすぐに立ち上がる。右手を胸に添え、堂々と宣言をかました。
「あら、言い間違いでしたわ、失礼。クルセイダーのご親切は、ノーサンキューですわ。バシッとお断りなさい。
ギガントレックスは私とお師匠さまが討伐して差し上げましてよ!!」
なんだこの勢いは。そのクルセイダーとかいうやつと、いかにも因縁がありそうだ。
けどまあ、やるというのなら頑張ればいいんじゃないかな。俺はキノコ茶を一口啜る。
水溶性食物繊維が腸内環境に――
……。
いま、こいつ「私とお師匠さま」と言ったか?
カップを置いて、口を「おい」の「お」の形に作る。息を吐きだす前に、俺の白魚のような手は、ハント氏に力強く握られていた。
「助かります、ベアトリスさん。では、さっそく討伐は二日後ということで。人を寄越しますから、ご準備のほう、なにとぞ!!」
ミレーヌは、うんうんと頷く。
「お師匠さま、実地に勝る訓練はありませんことよ。その秘められし力、存分に振るってくださいませ」
――こうして。
ハント氏は土産の饅頭を置いて、ダン親子と一緒に意気揚々と引き上げていった。俺は饅頭を一口。
「甘い……」
異世界に来て、初めてのまともな甘味に脳を痺れさせながら、胃の奥から昇ってくる苦味を感じていた。
美少女魔法使いと一緒に、凶悪なる竜退治。
字面だけ見れば、異世界転生物語の真骨頂。
けれども全然嬉しくない俺は、アメジストの瞳を揺らし続けるのだった。




