第9話 女領主
真亜の討伐から三日が過ぎた。
あれから俺たちは、領主の館に招かれることになった。ミスリル採掘場を救ってくれた礼をしたいというのだ。
俺が望むのはスローライフだが、世捨て人というわけでもない。向こうが友好的なら、付き合うくらいは構わない。
ただ、ベアトリスとリズリンドという悪名高き姉妹と偶然にも同名というのは、どう考えても不自然。不安がないわけでもない。
屋敷を訪ねたが最後、騎士に取り囲まれる……。そんなシチュエーションが脳裏をよぎった。
しかし、リズとミレーヌがいれば、魔法を使えない騎士など何百人いても恐れることはないだろう。
そういうわけで、快く招待に応じることにしたのだ。
馬車に揺られながら、街の通りを眺める。迎えはダンに代わってアリサだった。
ダンはこれから手広く商売を行うということで、商会長のハント氏に付いてあちこち回っているという。
アリサは、各地で仕入れた物資と情報を俺たちのもとへ運び、こちらは山で狩った獲物の素材や魔法薬を卸す。そんな商流ができあがりつつあった。
アリサは商売を任されたことが嬉しくてたまらない様子だ。
まだ中学生か高校生くらいの女の子が一人で危なくはないか?
その心配はリズが解決してくれた。馬車に乗せている鉢植えには、ギンピ・ギンピと薔薇とテッポウウリが植わっている。
魔獣や不逞の輩が襲ってきても、ギンピ・ギンピが激痛を与えて瀕死にし、茨が絞め上げ、テッポウウリが種の弾丸を浴びせかけてとどめを刺す。
強力にして凶悪なボディガードだが、一体につき一日に肉八キロを食うという。超大型の猛獣並み。
だがアリサはそれを飼いならし、自分の商売道を突き進むのだと息巻いていた。なんとも頼もしい限りだ。
アリサが御者台から声をかけてきた。
「ベアトリスお姉さんもポーション作りするんですよね。傷薬と、腹痛に効くものが要望多いですよ」
俺もいつまでも畑の番人だけというわけにもいかない。作り方をリズに教えてもらい、手に職をつけるつもりだった。
「任せといてくれよ。あとさ、海の幸がやっぱり欲しいな。肉もいいんだけどさ」
リズの腹の音が鳴る。今日は食事会ということで、ウォーミングアップとして寸胴三杯分のシチューで我慢させていたのだ。
「お姉様、楽しみですね。前菜は子牛の丸焼きに、子羊の丸焼き。メインはグレイトボアの丸焼きで……」
異世界の地方領主の食事会が、そんな山賊のようなメニューなのかは知らない。というか、前菜の時点で食いきれないのだが。
俺は一応の注意を飛ばした。
「なあ、『よく食べるのがいる』とは伝えてあるけどさ。向こうの想定内で頼むぞ」
儚げな表情で頷くが、無駄だろうなという予感はしていた。
一方のミレーヌは妙に黙り込んでいる。今日の主役はこいつだ。
光魔法のことは公にはできない。真亜に止めを刺したのは、あくまでもミレーヌで通しているのだ。
聖光国の野望を邪魔して、大量の魔石もゲット。普通なら、してやったりといったところだろう。
だが、話を聞くところによるとかなりの規模の国のようだ。この程度の妨害、向こうにしてみれば蚊に刺された程度にもならないのかもしれない。
だが、小さくても一撃は一撃だ。ミレーヌはここからの戦略を考えているのだろう。
俺たちはそれぞれの想いを抱えながら、アリサの馬車に揺られて館を目指すのだった。
***
エルンハルト子爵。そいつがここの領主だ。
この世界のことを何も知らない俺は、ゼファスから色々と教わったが、エルンハルト家自体はこの国でもかなりの権勢を誇るらしい。
その一族の末端。子爵が偉いのか偉くないのかも、俺にはよく分からない。
下級貴族の中では上の方だという。課長くらいか? そう思うと多少は気が楽だった。
だが屋敷は「俺が想像した貴族」を裏切ってはこなかった。さすが異世界、そうこなくてはな。
応接室に通されると、帯剣した騎士っぽい若い男が、こちらを上から下まで眺めてきた。
そいつの顔が途端に引きつる。
「ミレーヌ……やっぱりてめえか」
俺はミレーヌに問いかけた。
「知り合いか? この国にもいたんだな」
ミレーヌは小さくフンと鼻から息を吐くと、男に向かって言葉を放った。
「ガーランドの手下ごときに呼び捨てにされる覚えはございませんことよ。
お師匠さま、こいつはクルセイダーの下っ端のアーサーなにがし。家柄だけの、しょっぱい戦闘魔法使いですわ」
ひどい言い草だ。
言われたアーサーとかいう男は、思わず腰の剣に手を伸ばしかけたが、ここが他家の屋敷だということを思い出したようだった。
「ミレーヌ、言うじゃねえか。あのイカれ戦闘民族のババアそっくりになってきたな」
前任のセリーナとかいう聖女のことだろうか。
ピリッとした空気が応接室を満たす。俺は「まあまあ……」と、場をとりなすことにした。
「何か知らないけどさ。よその家でケンカすんなって。アーサーさん……だっけ。聖光国の人?」
アーサーは「あんたは……」と小さく呟いて、俺をジロジロと見てきた。
背中に冷たいものが走る。厄災の魔女だとバレたらどうなる?
こいつの強さは分からない。ミレーヌは下っ端と言ったが、それでも戦闘魔法使い。いまの俺が敵う相手じゃないだろう。
だが、名前を名乗らないわけにはいかない。
「あの……ベアトリス……です」
「ベアトリス……?」
アーサーは訝しげに視線を投げかけていたが――
「厄災の魔女と狂犬女が一緒にいるわけもねえか……魔力も感じねえし」
勝手に納得してくれているなら、あえて訂正する必要はないだろう。
そして、アーサーは再びミレーヌを見る。
「国外追放された『元』聖女様がこんなところで魔獣ハントか? とっくにくたばってたかと思ってたぜ」
ミレーヌは腕組みして、フフンと笑う。
「そういうそちらこそ、他国でコソコソとなにをしているのやら……ですわ」
ピクッと肩をいからせるアーサーに、さらに追撃。
「ああ……ギガントレックスの討伐。そんな実力でノコノコと首を突っ込んでたら、今頃は真亜のお腹の中でしたわね。感謝はいらなくてよ」
そして「んー」と考えて、両手を打った。
「なるほど、良いもの食べてる『家柄だけの』クルセイダー様なら、肉を食わせて骨を断つ……手足の二〜三本持っていかれてる間に、ワンチャン狙い。
なかなか素敵な作戦でしてよ。拝見したかったですわ」
とても聖女と聖戦士のやり取りとは思えない。
「ちょっ、ミレーヌやめろって。
あんたも煽るなよ。今日は俺たちここの主人に呼ばれて来たんだからさ」
アーサーは口元をピクピクと引きつらせながら、「……そうだな」と呟いた。一応、ミレーヌよりは話が通じそうなやつだ。
そのとき部屋のドアが開き、ドレスを纏った貴婦人が入ってきた。
アーサーが直立不動の姿勢をとると、「あら、楽にしてくださいませ」と優しく声をかけた。
一応、領主の名前くらいは聞いてきている。マルグリット・セレスタ・エルンハルト。親から領地を受け継いだ女領主だ。
目の前の貴婦人がそのマルグリットなのだろう。
なるほど、いかにも俺の想像する貴族そのものだ。ドレスはそこまで華美ではないが、優雅な身のこなしに長い睫毛。
貴婦人は「皆さま元気がよろしくて」と、花が咲いたように微笑む。どこから話を聞いていたのだろうか。
アーサーは「失礼……」と、畏まって一言。
それから俺たちは席を勧められる。貴婦人から話は切り出された。
「アーサー様には返答を保留して申し訳ありませんでした。ですが、自領の問題はまずはこちらで解決を試みないことには。ご理解いただけないでしょうか」
アーサーは「今後なにかお困りのことがあれば、ご遠慮なく」と軽く目を閉じて頷く。
ミレーヌに対しては口が悪いが、別に俺に対してはそこまで攻撃的ではなかったし、こうしていれば普通だ。
少し目つきは鋭いが、目鼻立ちのはっきりした黒髪の好青年。
悪の帝国から送り込まれた陰謀の尖兵――なんて偏見のフィルターを外せば、見た目は異世界物の『俺様ツンデレポジション』といったところだろうか。
貴婦人はミレーヌの方を向いて続ける。
「聖光国からのお客様に何のもてなしもなく帰国されましては、エルンハルトの名折れ。竜退治の冒険者の皆さんもお招きし、誼を通じていただければと思っていましたが。
……お知り合いでしょうか?」
二人の声が、ほぼ同時に重なった。
「いえ、初対面です」
「こんな俗物、どこかで目にしていたとしても記憶する価値もございませんわ」
アーサーのこめかみが動く。ミレーヌは涼しい顔でスラスラと言葉を放った。
「グリオン侯の嫡子に、アーサーとかいう高名なろくでなしがいるという話は耳にしたことがございますけど。そのアーサー様で?
お目にかかれて恐悦でございますことよ」
そして、「ふうん……」と値踏みする目になる。
「三大公の一角、ラドルチェルト派。隣国の素敵な聖女様のご実家も、最近イケイケでございますから。なかなかそちらも大変ですわね」
聖光国は三つの公爵家が権力争いをしている構造。ミレーヌの口ぶりでは、アーサーは聖女エリスマリアの実家とは別の勢力なのだろう。
一方が王国を取り込めば、負けじとラドルチェルトとかいう派閥も影響力の拡充に努める。なかなか厄介な世界のようだ。
貴婦人は軽く咳払いをする。
「まあまあ……それにしても、今回は真亜だというではありませんか。進化した魔獣は初めてですわ。魔法使いでなくては対処不能、本当に助かりました」
アーサーは「最近は魔獣の動きも活発ですから」と、しれっと言う。
ミレーヌの推測では、その真亜を送り込んだのは聖光国。そうだとしたら、こいつも相当食えない。
俺とリズは黙っていたが、貴婦人はこちらにも話を振ってきた。
「そちらのお嬢さま方も真亜に立ち向かわれたとか。とても勇敢ですのね」
俺は「いや、まあ」と曖昧な笑顔を作る。
「立ち向かったっていっても、俺はそんなに役に立ってないし。それにしても、真亜じゃない状態でも十分ヤバいってあれ。食われるかと思ったぞ」
いきなり美女のビジュアルからおじさん言葉の羅列。
貴婦人は目を見開いていたが、すぐに柔らかな微笑みに変わった。
「あらまあ、大変でしたわね」
一方のリズは「尻尾はなかなか悪くないお味でした……」と、食の感想を口にした。
それがきっかけとなって食欲が刺激されたのか、腹の音が響き出す。
「おい、もうちょっと我慢しろって」
俺の注意に、儚げな悲しい顔をする。
すると貴婦人は「そちらのお嬢さまは、どのようなものがお好きでしょうか?」と食欲をあおってきた。
「美味しいものならなんでも……でも、カロリーをガツンと。脂を補充したいですね」
男前な発言に、「では、続きは食事の席で」と貴婦人は立ち上がる。
少ししたらまた案内すると言い残し、退室していった。
扉が閉まるやいなや、アーサーが小声でミレーヌへと攻撃を始めた。
「おい、誰がろくでなしだってんだ。イカれ戦闘民族に言われる筋合いはねえぞ」
「別にろくでなしはあなただけじゃございませんことよ。あのクソ聖女がろくでなしランキング暫定一位。あなたは……まあ、十二位ってところですわね」
微妙な位置だ。
俺は「ケンカすんなって」と言いながら、アーサーの方を向く。
「なあ、ミレーヌの気持ちだって分からなくもないだろ? 国を救ったのに国外追放されたらさあ……」
アーサーは、フンッと鼻を鳴らした。
「あんたがどこまで知ってるか分からんが。こいつ、王国でとんでもないことやらかしやがったんだぞ。
俺はさっさと首を撥ねるべきだったと思うけどな。生かしてたら何をしでかすか分からんやつだ」
実際、厄災の魔女を利用しようとしているしな。
そこまで危険視しているくせに、俺のことは人違いで済ませている。どうやら厄災の魔女と手を組むという発想は、アーサーの想像をさらに数段上回っているらしい。
ミレーヌは「ところがどっこい、こうして健在でございましてよ」と手をヒラヒラさせた。
「国外追放はこうして受け入れておりますわ。私がどこで何をしでかそうと、文句を言われる謂れはございませんことよ」
ルビーの瞳を妖しく光らせる。
「そう、王国に踏み入らなければ、どこで何をしても……ですわ」
「お前……」
アーサーが腰の剣に手を伸ばす。ミレーヌは少しも動じない。
「それを一ミリでも抜いたら、戦闘魔法使いは潰すか潰されるか。マルグリット様の屋敷に、あなたの脳漿をぶちまけるのは忍びないですわ」
空気が緊張をはらみ、腹の音が響く。俺はリズにそっと声をかけた。
「なあ、もしものときは二人とも簀巻きにしてくれよ」
「戦闘魔法使いにとっては挨拶みたいなものじゃありませんか。お姉さまも、“鯉口を切ったら爆炎ぶち込む”が信条の、それはもう戦闘狂で……」
戦闘魔法使いはこんなやつしかいないのだろうか。俺だけ一人焦っていると、妙な気配を感じた。
――魔力?
ミレーヌとアーサーからでもない。リズからでも。
それまでずっと俺の肩で普通の猫のふりをしていたゼファスがボソリと囁いた。
「他にも魔法使いがいるにゃ。まあ、そこまでたいした力はないが」
ミレーヌがぴくりと眉を寄せて、立ち上がる。ツカツカとクローゼットの扉を開けた。
「……あれ、なんでバレたの?」
中にいたのは、ストレートの金髪、小生意気そうな緑の瞳。
スレンダーな体つきだが、血色のよい肌。八重歯をのぞかせて悪びれもせずに笑う女。年の頃はミレーヌと同じくらいだろうか。
ミレーヌは短剣を引き抜いて女の首筋に当てた。
「間者ですわね。古今東西、忍びは陰の存在。姿見破られしときは、死あるのみ……ですわ。
その矜持に免じて、苦痛なき一撃で葬って差し上げますことよ」
「おいアブねえな!! あたいがここの当主だって!!」
――?
女の叫びに、俺とアーサーは思わず顔を見合わせるのだった。




