第四話 奪うものと守るもの
「最近、あの村おかしくないか?」
街の市場、その一角。
数人の商人が顔を寄せていた。
「値段が上がってるのに売れてる」
「しかも質も安定してる」
「前はそんなことなかっただろ」
その中の一人、太った男が舌打ちした。
「仕入れ値が上がってんだよ、こっちは」
空気が少しだけ重くなる。
「……潰すか?」
誰かがぽつりと呟いた。
それに、全員が反応した。
数日後。
ガルドはいつものように市場に来ていた。
だが、違和感があった。
人が、少ない。
「……なんだ?」
いつもなら声をかけてくる商人たちが、誰も近づいてこない。
代わりに、一人の男が前に出てきた。
見たことのない顔。
「お前がこの野菜の売り手か」
「……そうだが」
低い声。
嫌な予感がする。
「全部、こっちで引き取る」
「お、助かる」
一瞬安心しかけたが――
「この値段でな」
提示された金額を見て、ガルドの顔が固まった。
「……は?」
明らかに安い。
今までの半分近い。
「ふざけてんのか?」
「相場だ」
「嘘つけ」
「なら売るな」
男は肩をすくめた。
「他のやつは誰も買わねぇよ」
その言葉で、全て理解した。
――締め出し。
市場全体で、取引を止められている。
ガルドの背中に冷たい汗が流れる。
売らなければ腐る。
腐れば、全部無駄になる。
「……くそ」
拳を握る。
だが、選択肢がない。
そう思った、その時。
「おー、どうした?」
軽い声が背後から聞こえた。
振り向くと、ヤマトが立っていた。
「……お前、なんでここに」
「なんか嫌な流れだったから来てみた」
いつもの調子。
だが、目だけが違う。
一瞬で状況を見ていた。
「なるほどね」
ヤマトは男を見る。
「囲ってるわけね」
「誰だお前」
「ただの村人」
笑いながら答える。
「で、その値段でしか買わないって?」
「そうだ」
「全員?」
「そうだ」
ヤマトは一拍置いて、ニヤッと笑った。
「じゃあ売らなきゃいいじゃん」
「……は?」
ガルドが固まる。
「いや、腐るだろ!」
「全部は売らなくていい」
「何言ってんだお前」
ヤマトは荷車の中を覗き込む。
「これ、全部同じ日に売る必要ある?」
「……いや」
「だよな。じゃあ分けろ」
「分ける?」
「今日はこれだけ売る」
ヤマトは一部を指差す。
「残りは別のとこで売る」
「そんな都合よく……」
「あるよ」
ヤマトは即答した。
「市場はここだけじゃない」
「……!」
ガルドの目が見開く。
「でも遠いぞ」
「だから?」
「運ぶの大変だろ」
「じゃあ運ぶ価値あるか考えろ」
一瞬、沈黙。
ヤマトは続ける。
「ここで安く全部売るのと、少しだけ高く別で売るの、どっちが得?」
「……」
ガルドの脳が回り始める。
計算する。
距離。手間。利益。
「……後者だな」
「だろ?」
ヤマトは笑う。
「“全部ここで売る”って思い込みが負けの原因」
ガルドはハッとした。
確かにそうだ。
今まで、ここで売るのが当たり前だった。
だから、それを前提に考えていた。
でも――
前提を外せばいい。
「あともう一個」
ヤマトは男の方を見る。
「全部売らないと困るって思われてるから、足元見られてる」
「……」
「じゃあどうする?」
ガルドはゆっくりと顔を上げた。
「……困ってないって見せる」
「正解」
ヤマトは軽く手を叩いた。
「交渉はな、強い方が勝つんじゃない」
一歩前に出る。
「“選択肢が多い方”が勝つ」
空気が変わる。
さっきまでの一方的な圧力が、揺らぎ始める。
ガルドは深く息を吸った。
「……今日は半分だけ売る」
男を見据える。
「残りは他で売る」
「は? 本気か?」
「本気だ」
震えはなかった。
理由があるからだ。
「その値段じゃ売らねぇ」
はっきりと言い切る。
男は舌打ちした。
「……好きにしろ」
背を向ける。
だが、その足は少しだけ速かった。
――崩れた。
完全ではない。
だが、確実に。
流れが変わった。
帰り道。
ガルドは荷車を引きながら、何度も呟いた。
「選択肢……か」
今までなかった発想だ。
売るか、売らないか。
それしかなかった。
でも違う。
場所を変える。量を変える。タイミングを変える。
選べる。
「……面白ぇな」
思わず笑う。
頭を使うだけで、ここまで変わるのか。
「なぁ」
「ん?」
「お前、どこまで見えてんだ?」
ヤマトは空を見上げたまま答えた。
「別に大したことじゃない」
「嘘つけ」
「ほんとほんと」
軽く笑う。
「ただ、“なんで”をちょっと広く考えてるだけ」
ガルドは苦笑した。
「それができねぇんだよ、普通は」
「だからやる価値あるんだろ」
その一言で、全部腑に落ちた。
村に戻ると、すぐに人が集まってきた。
「どうだった!?」
「売れたのか!?」
ガルドは荷車を叩いた。
「半分な」
「半分!?」
「残りは別で売る」
ざわめきが広がる。
「そんなことできるのか?」
「できる」
はっきりと言い切る。
「やり方は、教える」
その言葉で、空気が変わった。
興味が、広がる。
ヤマトはそれを見て、小さく頷いた。
――きたな。
教育が、“個人”から“村全体”に広がる瞬間。
「よし」
手を叩く。
「じゃあ次の授業は“売り方”な」
「売り方!?」
「なんだそれ!」
「面白そう!」
声が一気に上がる。
ヤマトは笑った。
「勉強ってな」
ゆっくりと周囲を見渡す。
「生活を変えるためにあるんだよ」
静かに、だが確実に。
この村は次の段階に進んでいた。
――“考える力”は、世界と戦う力になる。
思い込みは前提としてあります。
ないと思っても前提なので気づいてないだけです。
思い込みを外して俯瞰できたら選択肢は広がります。




