第三話 考えれば増える
「なぁ、お前んとこのガキ、最近なんか変じゃねぇか?」
夕方、井戸の前でそんな会話が交わされていた。
「変ってなんだよ」
「いや……やたら喋るし、なんか理屈っぽい」
「わかる。“なんで?”ばっか聞いてくる」
苦笑が広がる。
だが、その中に一人だけ、黙って話を聞いている男がいた。
名はガルド。村で農作物を育て、定期的に街へ売りに行く農夫だ。
「……“なんで”か」
ぽつりと呟く。
最近、息子が変わった。
「なんでこの道使うの?」
「なんでこの値段なの?」
正直、面倒だった。
だが――
昨日、言われた一言が引っかかっていた。
「もっと高く売れるのに、なんで今の値段なの?」
「……は?」
「だって、買う人いっぱいいるんでしょ?」
「まぁ、そうだが……」
「じゃあちょっと上げても買うんじゃないの?」
言い返せなかった。
ガルドは腕を組む。
今まで、値段なんて“いつも通り”で決めていた。
周りと同じ。去年と同じ。
それが当たり前だった。
「……試してみるか」
小さく呟く。
失敗しても、大して変わらない。
だが、もし当たれば――
数日後。
ガルドは荷車を引いて街へ向かっていた。
いつも通りの道。いつも通りの市場。
だが、一つだけ違う。
値段を変えた。
ほんの少しだけ、高く。
「……売れなかったら笑えねぇな」
苦笑しながらも、どこか楽しんでいる自分に気づく。
――考えて決めた。
それだけで、少しワクワクしていた。
「お、いつものか」
常連の商人が声をかけてくる。
「今日はちょっと値段上げてる」
「は? なんでだよ」
「質はいいだろ?」
「まぁな」
「なら、いいだろ」
商人は少しだけ考えて――肩をすくめた。
「……まぁいいか。買うわ」
「マジで?」
「ああ。どうせ売れるしな」
あっさりだった。
拍子抜けするほど。
ガルドは目を瞬かせる。
「……そんなもんか?」
だが、その日、もう一つ試した。
今度は別の客。
「これ、なんでこの値段なんだ?」
聞かれた瞬間、ヤマトの顔が浮かんだ。
――理由を言え。
「これはな、朝採れで状態がいい。だからこの値段だ」
少しだけ胸を張る。
「……ほう」
客はじっと野菜を見る。
「確かに、他よりいいな」
そのまま、買った。
ガルドの心臓が一瞬跳ねる。
――理由を言ったら、通った。
その日、売上はいつもより明らかに多かった。
帰り道、荷車は軽いのに、足取りは重かった。
考えているからだ。
「なんで売れた?」
独り言が漏れる。
整理する。
値段を上げた
でも売れた
理由を言ったら納得された
「……あぁ」
ふと、繋がった。
「“なんとなく”じゃなかったからか」
今までの自分は違った。
周りと同じ値段。理由もない。
だから、値段を上げる発想すらなかった。
だが今回は違う。
理由を考えて、決めた。
だから、説明できた。
だから、納得された。
「……面白ぇな」
思わず笑う。
頭を使うと、結果が変わる。
こんな単純なことに、今まで気づかなかった。
村に戻ると、真っ先にヤマトのところへ向かった。
「おい!」
「お、どうした? 売れ残りか?」
「逆だ」
ガルドは袋を放り投げた。
「増えた」
「おー、やるじゃん」
「お前のせいだ」
「なんでだよ」
「“なんで”考えたからだ」
一瞬、沈黙。
ヤマトはゆっくりと笑った。
「いいね、それ」
「……子どもに言われたんだよ」
「だろうな」
ヤマトは頷く。
狙い通りだ。
子どもから大人へ。
それが一番自然に広がる。
「で、どうだった?」
「最初は怖かった」
ガルドは正直に言う。
「でもな、考えて決めたら、なんか……いける気がした」
「それが大事」
ヤマトは軽く指を立てた。
「人はな、“わからないから怖い”んだよ」
「……あぁ」
「でも“理由がある”と、急に動ける」
ガルドは深く頷いた。
まさにその通りだった。
「で、もう一個な」
「まだあるのか」
「ある」
ヤマトはニヤッと笑う。
「それ、再現できる?」
「……は?」
「もう一回同じことやって、同じ結果出せるかって話」
ガルドは固まる。
考える。
「……やることはわかる」
「いいね、それ」
「値段を考えて、理由つけて……」
「そう。それが“仕組み”」
ヤマトは地面に線を引いた。
「一回成功はただの偶然。でも、もう一回できたら実力」
「……なるほどな」
ガルドはゆっくりと息を吐いた。
世界が少し変わって見えた。
「なぁ」
「ん?」
「これ、他のやつにも教えていいか?」
ヤマトは少しだけ驚いて、すぐに笑った。
「むしろ頼む」
その一言で、流れが決まった。
その日を境に。
村で変化が起き始めた。
ただ働くだけの村から。
考えて動く村へ。
――そして、それは静かに、確実に広がっていく。
考えずにやった結果は必然性がないので再現できません。一過性で先がないですね。
重要なのは再現性があるかどうかで、そのためには考えることが必要です。




