5
お父様が宰相の座を追われたのは、彼が学園を去ってからすぐのことだった。
ローゼシア王国への遠征に対し、強硬に反対した事がその理由。
国王代行となったレオナルド殿下を激昂させ、その場で解任を言い渡されてしまったらしい。
王都にある別邸に顔を出した際、お父様は「私の目の黒いうちは、あの馬鹿王子の好き勝手になどさせん」なんて言って息巻いていたけど。そんな考えが仇となってしまわれたよう。
父に代わって宰相になったのは、ドルク・ベネトール・ファンブルク子爵。エリーナ嬢の父君。
子爵の立場で宰相になるのは異例のこと。
仮の措置という話だったけど、爵位を格上げされ正式就任するのは時間の問題。王都では、そんな話で持ちきりだった。
一家に降りかかる不幸の数々に、学園での私を嘲笑する声は更に酷いものとなっていく。
フリックという心の支えを失った今の私に、その状況を耐え抜く気持など湧いてくるはずもなかった。
結果、完全に心が折れた私は決断する。卒業を待たず、父と共にミザエル領に帰ってしまおうと。
学園を去って二月ほど。私は、塞ぎ込んだ毎日を送っていた。
学友たちはもう卒業を迎え、其々の道を歩み始めている頃。
そんな折、我が家にやってきたのは御者を務めるロビンだった。
ロビンは、私の事をよく気にかけてくれていた。
ある日、彼は「少しは体を動かした方が良いです。お嬢様」と言って、屋敷の花壇を眺めながらボーッとしていた私に剣を投げ渡す。
それ以来、私は彼から剣を教わるようになった。
一心不乱に体を動かしていると、その時だけは嫌なことを全て忘れられる。
何処で習ったのか、ロビンの腕前は素人目に見ても一流だった。
それらの理由もあってか、彼の指導を受け私の剣技はめきめきと上達していった。
本来ならば反対されるようなこと。でもお父様は、むしろ喜んでくれているようだった。
それだけ私が、生き生きとしているように見えたのかもしれない。
「あと、お嬢様に必要なのは、実戦経験だけです。こんな短期間でここまで上達するとは、正直思ってもみませんでした」
一月もすると、ロビンはそう言って私を褒めてくれた。
実戦経験なんて積む機会があっては困るけれど。体を鍛えたせいか、少なくとも心身はかなり健全さを取り戻していた。
そんな折、我が家にとって最悪の事態が訪れる。
国王陛下が崩御なされた、との知らせを受けたのは先日の話。
葬儀に参列するため、早朝に領地を出発する予定だった。
急に外の様子が騒がしくなる。
激しい馬蹄の音が周囲から響いてきた。
その音からして、何者かが馬車の周りを取り囲んでいるようだった。
「おとなしく止まれ!」
前方から聞こえてくる男の叫び声。
それと同時に、ヒュルンと何かを空に打ち上げる音が響く。
「目的地まであと少しです! このまま突っ走りますよ、お嬢様!」
御者台のロビンは、私に対しそう叫んだ。
馬車の速度が更に上がったのを感じる。
激しい揺れに、私は座席のシートを掴み必死で堪えた。
馬車が大きく跳ね上がる。
何かを踏んでしまったよう。
片側が傾いたかと思うと、地面を引きずる音と共に馬車はしばらくして停止した。
「おとなしく投降しろ! お前は、アリーシア嬢の確保に回れ!」
そう声がした途端、客室の扉が勢いよく開かれる。
「アリーシア・ミザエル・ラヴィーヌ! 国王陛下暗殺の疑いで、お前を拘束する!」
扉を開けた軍服姿の兵士が、私に向かってそう言い放つ。
ずっと領地に引きこもっていたのに、どうやって陛下を暗殺できるというのか。
当然そんな話、全く見に覚えのない事。
男の手が延び乱暴に腕を取る。
引きずり出される瞬間、私は咄嗟に剣の柄を掴んだ。
「きゃっ!」
地面に投げ出され、小さく悲鳴を上げてしまう。
周囲は、月明かりだけが照らす薄暗い森の中。
馬車は街道から外れ、片側の車輪がない状態で傾いたまま止まっていた。
「お嬢様!」
そう叫ぶ声がして、目の前の兵士は後ろを振り返る。
「ぐわぁっ!」
叫び声と共に、兵士は仰向けの状態で私の足元に倒れ込んだ。
「ひいっ!」
私は、再び小さく悲鳴を上げた。
倒れた込んできた兵士は、目を見開いたままビクリとも動かない。
胸には、袈裟懸けに斬られた跡が。
見上げると、そこには剣を振り下ろした状態で立つロビンの姿があった。




