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【怪体新書】〜民俗学者、異世界で本物と出逢う  作者: 可和
第一章:竹中家の繭

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【十五歳:繭の棺】〜金色姫〜

 いつの、世の話であろうか。

 

 遥か西の果て、天竺てんじくに。


 旧仲国(くちゅうこく)という、国があった。

 

 その国の王に、ひとりの姫が、生まれた。

 

 肌は玉のごとく白く、髪は濡れ羽のごとく黒い。


 生まれながらに、その身は淡く金色(こんじき)の光を帯びていたという。


 ゆえに人は、この姫を――金色姫(こんじきひめ)と、呼んだ。

 

 誰もが、見惚れた。


 誰もが、その行く末に、幸多かれと、願った。

 

 *

 

 だが。

 

 姫がまだ、いとけないうちに。


 実の母が、世を去った。

 

 やがて王は、新しい后を、迎える。

 

 この継母ままははが――姫の美しさを、深く、妬んだ。

 

 姫のかんばせ。


 姫の聡さ。


 その身に宿る、金色の光。


 そのすべてが、継母の目には、抜き去りたい(とげ)として、映った。

 

 かくして継母は、姫を亡き者にせんと――四度(よたび)、惨い(はかりごと)を、巡らせた。

 

 *

 

 一度(ひとたび)めの責め苦は、獣であった。

 

 継母は王を言いくるめ、姫を、人里離れた深山に、捨てさせた。

 

 その山は、狼の棲み処。

 

 夜が来れば、飢えた獣の群れが、姫を取り囲む。


 鋭い牙が、爪が、姫の柔肌を、今にも引き裂こうと、迫る。

 

 幾度も、肉を裂かれかけ。


 幾度も、死を覚悟した。

 

 それでも姫は――その身に宿る光に、獣が怯んだものか。


 辛うじて、生きて、山を下りた。

 

 *

 

 二度めの責め苦も、また、獣であった。

 

 継母は懲りず、今度は、無数の鷹が棲む嶺へと、姫を追いやった。

 

 空を覆い尽くすほどの鷹が、嵐となって舞い降り、その鋭い(くちばし)で、姫の身を、(ついば)もうとする。

 

 姫は、ただ岩陰に身を伏せ、嵐の過ぎ去るのを、待つほかなかった。

 

 幾日も、幾夜も。


 やがて鷹が去り――姫は、また、命からがら、生き延びた。

 

      *

 

 三度めの責め苦は、海であった。

 

 くがの上では殺しきれぬと悟った継母は、ついに、惨いことを、思いつく。

 

 うつろ船。

 

 一本の大木を、内側だけえぐり抜いた、空ろな、(ひつぎ)のような船。

 

 継母は、その中に姫を寝かせ、蓋をして――荒れ狂う大海原へと、流し捨てた。

 

 行く先を決める(かい)はなく。


 進む力を生む帆もない。

 

 姫を呑んだ空ろな船は、ただ波のまにまに、風の吹くまま、どこへともなく――漂い、消えていった。

 

      *

 

 そして、四度めは。

 

 ――これは、もはや、継母の手によるものではない。

 

 うつろ船は、幾月、幾年、流れ続けたことか。

 

 ようやく流れ着いたのは。


 遥か東の彼方、日の本の、とある浜辺であった。

 

 浜辺で暮らす、老いた夫婦が。


 波打ち際に流れ着いた空ろな船を見つけ、その蓋を開けた。

 

 中には、息も絶え絶えの、姫が、横たわっていた。

 

 夫婦は姫を憐れみ、家へ連れ帰り、手を尽くして、介抱した。

 

 だが――。

 

 四度の苦難に、痛めつけられた姫の命は、もはや、尽きかけていた。

 

 ほどなく姫は。


 その儚い息を、静かに、引き取った。

 

      *

 

 夫婦は、深く嘆き、悲しんだ。

 

 亡骸を、ねんごろに、ひとつの棺へと納め、家の奥の、暗いむろに、安置した。

 

 幾日かが、過ぎた、ある日。

 

 老人が、ふと、棺の中を、あらためてみると。

 

 ――そこに、姫の亡骸は、なかった。

 

 代わりに、棺の底で。

 

 数えきれぬほどの、小さく白い虫が、もぞもぞと、蠢いていたのだ。

 

 桑の葉を与えると、虫はそれを貪り食らい、やがて、口から、白銀の糸を、吐き始めた。

 

 そして、その糸で、自らの身を、幾重にも、幾重にも、包み込み――ひとつの、繭と、なった。

 

 *

 

 これが、蚕という虫の、始まりである。

 

 姫の魂は、小さな虫へと姿を変え、なお、この世に、糸の恵みを遺した。

 

 四度の責め苦に耐え、海を渡り、ひとたび棺の中で死に、そして繭となって、よみがえった姫。

 

 人は、衣の恵みをもたらすこの姫を、深く敬い――蚕の神として、あるいは、金色姫として、長く、語り伝えたという。

 


 ――『網代白繭縁起(あじろしらまゆえんぎ)

  巻之一 「金色姫渡来之事」より

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