表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【怪体新書】〜民俗学者、異世界で本物と出逢う  作者: 可和
第一章:竹中家の繭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/44

【『幕間』十三歳:籠の中の地図】〜渡り廊下〜

 ――ズリ、ズズッ。

 

 雨戸の外で、這いずる音がする。

 

 あたしと若様は、土蔵を目指して、長い、長い、渡り廊下を歩いていた。

 

 行灯の灯りが、

 

 一足ごとに、

 

 ゆら、ゆらと、

 

 頼りなく揺れ続ける。

 

 木の板、一枚――そのすぐ外を、村じゅうが恐れる夜の神様が、這い回っている。

 

 思わず、若様の袖を、強く握りしめた。

 

 今夜は、数が多い。

 

 やたらに、多い。

 

 「――気にせずとも良い、小夜」

 

 若様が、振り返らずに言う。

 

 「ここの連中はな、夜の神などと畏れ敬うておるが――あれには、意志も望みもない。ただ、屋敷の周りを這い回るよう、()()()()()()()()だけの、哀れな(のこ)りかすよ」

 

 「仕向けられて、いる……」

 

 誰が。

 

 何のために。

 

 「――その答えも、今宵、自ずと知れる」

 

 声が、いつもと、違った。

 

 なんて言ったらいいんだろう。

 

 腹の底に、火を抱えているみたいな――そんな声。

 

 雨戸の外の冷たい気配と。

 

 若様の抱えた、熱と。

 

 あたしの、眠気と。

 

 三つが混ざり合って――この長い渡り廊下が、終わらない夢の中みたいに、思えた。

 

 *

 

 ――その晩のことを話すには、少しだけ、時を巻き戻さないといけない。

 

 五月雨(さみだれ)の頃。

 

 大好きな春が終わって、一年でいちばん嫌いな梅雨が、とうとう来てしまった。

 

 昨日の昼間。

 

 若様が、珍しくあたしを呼び止めて、言ったのだ。

 

 『明日の()(なな)(はん)、北外れの土蔵で講釈を打つ。決して遅れぬように。……それと、姉上には私から直に伝えるゆえ、言伝(ことづて)は無用だ』

 

 書物の講釈に誘われるだけでも珍しいのに、朝のお勤めの前に起きて来いだなんて――このお屋敷に来てから初めてのことだった。

 

 だからあたしは、まだ夜も明けきらないうちに、無理やり布団から這い出した。

 

 目をこすっても、頭の芯は、まだぼんやりしている。

 

 それでも手早く身支度を済ませて、暗い廊下へ、そっと出た。

 

 ――若様は、もう、そこに立っていた。

 

 火を入れた行灯を提げて、夜明け前の冷たい闇の中に、ひとり。

 

 「……来たか。行くぞ、小夜」

 

 短くそう言うと、若様は先に立って、歩き出す。

 

 あの、長い長い、渡り廊下へ。

 

 *

 

 重い土蔵の扉を開けて、あたしたちは、中へ足を踏み入れた。

 

 行灯を掲げた、その途端――

 

 目に飛び込んできたものに、足が、竦んだ。

 

 「……あっ」

 

 床いっぱいに、墨で、大きな紋様が描かれていた。

 

 真ん中から、ぐるぐると渦を巻いて。


 その上に、いくつもの丸と、それを繋ぐたくさんの線が、絡み合っている。

 

 灯りに照らされた黒い線が、生き物みたいに、うねって見えた。

 

 いつだったか、お寺で見せてもらった、たくさんの仏様がぎっしり描かれた、ありがたい絵。

 

 あれに似ていて――けれど、まるで違う、何か。

 

 よく見ると、いくつもの渦は、ひとつの場所に巻きついている。

 

 その渦の口が向く先を、あたしは、目で追った。

 

 ちょうど真正面に――土蔵の外へと続く、もう一つの扉があった。

 

 まるで。

 

 あの扉から忍び込んでくる何かを、この紋様で、堰き止めようとしているみたいに。

 

 「若様、これは……」

 

 「――姉上は、既にお出でだ」

 

 あたしの問いには答えずに、若様は、奥を指した。

 

 紋様の、ちょうど真ん中。

 

 墨の線で囲われた、ぽっかりと白い円の中に――ササメ様が、背筋をしゃんと伸ばして、座っていた。

 

 その横顔は、薄暗がりの中で、ぞっとするほど、静かだった。

 

 「お待たせした、姉上」

 

 若様はササメ様の前に座り、あたしにも、目で、隣を示す。

 

 墨の線を踏まないよう、そろり、そろりと進んで、若様の隣に膝をついた。

 

 行灯を、三人の真ん中に、置く。

 

 揺れる炎に照らされて、床の墨の線が――今にも、動き出しそうだった。

 

 「姉上。小夜」

 

 若様が、あたしたちを、交互に見る。

 

 「これから話すのは、この屋敷の――いや、この世の、本当の成り立ちだ。長くなる。……だが、聞いてほしい」

 

 ササメ様が、静かに頷いた。

 

 あたしも、慌てて、何度も頷く。

 

 若様が、壁に立てかけてあった一枚の板を、手元へ引き寄せた。

 

 墨で、いくつもの三角と丸が描かれている。

 

 床の紋様とは、まるで違う――絵。

 

 その、いちばん上の大きな三角を。

 

 若様は小枝の先で、ピシャリ、と叩いた。

 

 「では――始める」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ