表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【怪体新書】〜民俗学者、異世界で本物と出逢う  作者: 可和
第一章:竹中家の繭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/44

【一二歳:結び目と紅葉の誓い】〜誓い〜

 「……そろそろ、戻ろうか」

 

 私が促すと、小夜は「もう、そんな刻限ですか。せっかくササメ様が息抜きできてたのに――お日さまは、意地悪ですね」と、唇を尖らせた。

 

 ササメは着物の埃を払いながら、静かに首を振る。

 

 「だめよ、小夜。私はこれから『お清め』をして、お母様のところへ行かなくちゃ」

 

 「あ……そう、でした」

 

 小夜の顔から、遊びの熱が、すっと引いた。

 

 今年に入って、夜の奥座敷の『仕込み』は、また一段と、厳しさを増している。

 

 三年の後に控えた――白繭大祭。

 

 神への供物となり――その裏で、都の上つ方(うえつかた)に、供される。

 

 その日のために、身も心も、夜ごと、念入りに仕込まれてゆくのだろう。

 

 「あの、ササメ様」

 

 ふと、小夜の声から、いつもの快活さが消えた。

 

 見れば、夕日に染まった瞳が、まっすぐに、姉を見据えている。

 

 「私、決めたんです」

 

 ――沈黙。

 

 「……何をかね、小夜」

 

 「若様。……あたし、大祭の時、ササメ様の――お付きに、なります」

 

 姉の唇が、わずかに、ひらいた。

 

 だが――声は、出てこなかった。

 

 ――お付き。

 

 大祭のあいだ、(まゆ)に籠もる巫女の身の回りの世話を、一手に引き受ける役目。

 

 表向きは誉れとされるが――これまでお付きを務めた娘たちが、その後どうなったのか。


 村の者は誰も、語りたがらぬ。

 

 「――駄目よ、小夜」

 

 その声は、鋭かった。

 

 そして、怯えたように――震えていた。

 

 「それは、大人が決めること。それに、お付きの役目は……あなたには、とても」

 

 「平気です。ササメ様を、ひとりになんて、できませんっ」

 

 ササメの言葉を遮って、小夜が叫んだ。

 

 夕日を弾いて、その目に、涙が盛り上がっている。

 

 「さっきだって、紐が結べなかったでしょう。お茶もこぼすし……あたしが支えないと、神様の前で転んで、また篝火様に叱られて……」

 

 「小夜……」

 

 「だから、あたしが、おそばにいます。大祭の時も、ずっと。ササメ様のお世話は、ぜんぶ、あたしがしたいんです。……ぜったいに、ひとりにはしませんから」

 

 小夜は、姉の手を、両の手で握りしめた。

 

 その小さな手が――小刻みに、震えている。

 

 この子もまた、肌で感じ取っているのだろう。

 

 竹中家という箱の――その、尋常ならざる気配を。

 

 姉は眉を下げ、小夜を、ふわりと抱き寄せた。

 

 背に回された、白く細い指。

 

 その先が、小夜の着物に――食い込んで、いる。

 

 (……大祭の、重荷ゆえか)

 

 「……ありがとう。あなたは、本当に、強い子ね」

 

 誰の目にも、美しい姉妹の情と映ったろう――。

 

 だが、私の頭の芯は、冷えきっていた。

 

 おのれを捨てて、尽くすこと。


 身を捧げて、守ること。

 

 それは、いつの世も美しい話として語られるが――民俗学の野帳の上では、しばしば、『生贄(いけにえ)』の別の名となる。

 

 小夜の、この混じり気のない想いこそが。

 

 怪異にとっては、最上の供物となり得ることを――私は、危ぶんでいた。

 

 「……若様も、です」

 

 不意に、小夜が、こちらを振り返る。

 

 涙目のまま、鼻をすすって――笑った。

 

 「若様は、何でも知っていて、何があっても動じなくて……でも、あたしがいないと、すぐにお腹を空かせて、野垂れ死にしそうですし。ササメ様をお守りしたら、次は若様の面倒を、あたしが、ずっと見てあげます」

 

 「……お断りだ。私には、一人で生きてゆけるだけの、人並み外れた胆力が備わっておる」

 

 「じゃあ、もう、お芋もいらないんですね」

 

 「…………」

 

 小夜が、笑う。

 

 姉も、笑う。

 

 私も――わずかに、口の端を緩めた。

 

 ふと――。

 

 はしゃぐ小夜の笑い声と、憂いを含んだ姉の横顔とが。

 

 遠い昔、病の床で痩せ細っていった、あの娘の面影に――重なった。

 

 (……守るべき者のため、などと。そのような甘い感傷に浸るほど、若くはないのだ。……だが――)

 

 その先は、言葉にならぬまま――胸の奥で、消えた。


 (かり)の声が、空を渡ってゆく。

 

 遠い山の端では、秋の雷が、低く、尾を引いて鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ