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青の終着駅。あるいは、永遠に続く「敗北」という名の完全犯罪について

何十年経っただろう。 暦の数字はもはや僕たちがSF小説でしか見たことのない領域に達し、世界は驚くほどのスピードで姿を変えた。 けれど、この海辺の町の潮風と、頭上に広がる不必要に高い青空だけは、僕が初めて「恋」という名の絶望を知ったあの頃と、驚くほど何も変わっていない。


僕、西野和彦は、もはや「老人」という記号を背負いながら、母校の跡地に立つ記念公園のベンチに座っていた。 人生という名の長い長い物語。その最終章の一ページ目を、僕は今、静かに捲ろうとしていた。


「……ねえ、和彦くん。お待たせ。……やっぱり、最後はここに来たくなっちゃうね」


隣に腰を下ろしたのは、羽賀杏菜だ。 彼女の髪は白雪のように白くなったけれど、僕を呼ぶその声の響きだけは、放課後の教室で僕の昼寝を邪魔したあの頃のまま。 彼女の指が、僕の皺の刻まれた手に重なる。 僕はふと思う。僕はいつだって「やれやれ」と逃げ腰だった。だが、本当はこの温もりを振り払うチャンスなんて、人生の分岐点にいくらでも転がっていたはずなのだ。それを選ばなかったのは、他ならぬ僕自身だ。


「……杏菜。君が来るまで、僕は自分の往生際の悪さを再確認していたんだぞ。……全く、僕たちの人生は、結局この半径数キロメートルの引力から逃げなかった。……いや、逃げたくなかったんだろうな」


「ふふ、やっと認めた。……だって、ここに全部あるんだもん。私たちの、全部が」


杏菜が僕の肩に頭を預ける。 その瞬間、静寂を切り裂くように、聞き慣れた、けれどかつてより少しだけ落ち着いた「叱咤」が飛んできた。


「西野。人生の最終盤において認知を歪めるのはやめなさい。……杏菜、あなたのその『運命』という言葉による責任転嫁は、私の厳密な記録においては感情的なバイアスに過ぎないわ。和彦、私が予約した『合同墓地・西野家特別区画』の維持管理契約書に、速やかに署名しなさい」


一ノ瀬佳樹だ。彼女は今や国の歴史に名を刻む賢者となったが、僕の前では相変わらず、僕の人生の「正解」を死後まで管理しようとする執念の塊だった。 佳樹は僕のネクタイを、震える手で、けれど完璧な角度に直し、満足げに微笑んだ。もはやそれは世話を焼くという次元を超えた、僕という存在への「上書き」だった。


「ははっ! 佳樹、最後まで重いんだよ! ほら和彦、杏菜! しんみりしてんじゃねえよ! 私が特注の『リハビリ用・最高級車椅子(五人連結仕様)』を試作させてきたからな!」


和久井檸檬が、年齢を感じさせない足取りで、芝生を蹴立てて現れた。 彼女はスポーツ界の伝説として語り継がれているが、僕を見る瞳は、部活終わりに一緒にアイスを食べたあの頃の、無垢で、少しだけ寂しがり屋な少女のままだった。 彼女は僕の背中を叩こうとして、ふと手を止め、愛おしそうに僕の肩を抱き寄せた。


「和彦。お前がどんなに遠くへ行こうとしても、私が全力でスクラム組んで止めてやるからな。……お前を一人で逝かせるほど、私は聞き分けのいい幼馴染じゃないんだよ」


「……和彦、さん。……これ、物語の……最後を、呪……綴る、ピリオド……です。……いえ、これは……私の心臓をインクに、あなたの魂を紙にして書いた、究極の……遺作……です。……これを読み終わるまで、死ぬことは……許可、しません」


影の中から、文学の神髄を極めた柏木小鞠が現れた。 彼女の瞳には、かつて図書館の片隅で僕を見つめていたあの頃と同じ、深くて、逃げ場のない闇と愛が同居していた。 彼女が差し出したペンは驚くほど重い。それは、僕が彼女たちの人生を奪い、彼女たちに僕の人生を捧げた、共犯の重みだ。


やれやれ。 結局、僕は最初から負けていたわけじゃない。 負けることを、この上ない幸福として、自ら選び取っていたのだ。


空は、どこまでも青い。 「どうせ、恋してしまうんだ。」 あの頃、僕たちが吐き捨てたその言葉は、運命という名の呪いではなく、僕たちが自らに課した、最も誇らしい罰だった。


杏菜が僕の手を握り、佳樹が僕の脈動を指先で感じ、檸檬が僕の肩に重みを乗せ、小鞠が僕の背後に寄り添う。


「……どうせ、来世でも、その次でも……僕は君たちに、恋でもなんでもしてしまうんだろうな。……そしてまた、最高の気分で、敗北してやるよ」


本日、人生という名の長い放課後の終わりに、自らの意志で零れた、史上最大級の完全敗北宣言。 僕は、四人の少女たちの愛おしい重圧と、隣で微笑む彼女の温度を噛み締めながら、ただ深く、深く、満足げに目を閉じた。


物語は終わる。 けれど、僕たちの「青」は、この空の向こうで、永遠に続いていく。

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