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親友が、女になった俺を好きだと言った  作者: らび


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2/3

いつも通りの、いつもと違う

 発症から五日目の土曜日。母さんが大きな紙袋を三つ抱えて帰ってきた。


「蒼、ちょっと来て」


 嫌な予感しかしなかった。


 リビングのテーブルに、服が並べられていく。淡い水色のカーディガン。白いブラウス。それから、紺色のふわっとしたスカート。


「……何これ」


「外出用。いつまでもお父さんのパーカーってわけにいかないでしょ」


「パーカーでいいって」


「よくない。袖、手が出てないじゃない」


 言い返せなかった。この五日間、俺は父さんのパーカーと、紐をぎりぎりまで縛ったジャージで過ごしていた。自分の服は全部大きすぎて、ジーンズは腰で止まらなかった。


「ジーンズ買ってくれればいいだろ。女物でもいいから」


「買ったわよ。ほら」


 母さんが紙袋から細身のジーンズを出す。少しほっとした。


「でもね、一着くらいはちゃんとしたのも持っておきなさい。病院の先生にも会うし、親戚にだって説明しなきゃいけないんだから」


「スカートは絶対はかない」


「膝丈よ。普通の」


「長さの問題じゃねえんだよ」


 俺は男だ。十七年間ずっと男だった。たった五日で、スカートなんかはけるわけがない。


 母さんは黙って、スカートを畳み直した。


 その手が、少し震えていた。


「……ごめんね」


「は?」


「何してあげたらいいのか、お母さんも分からないの。だから、とりあえず服くらいはって思って」


 母さんの目が赤くなっていた。


 この五日間、母さんは毎晩遅くまでパソコンに向かっていた。TS症の情報を調べ、学校とやりとりし、大阪の父さんと長電話していた。俺はそれを知っていた。


 知っていて、何も言わなかった。


「……一回だけな」


 口から出たのは、自分でも意外な言葉だった。


「一回着るだけ。似合わなかったら、もう二度と言うなよ」


 母さんは泣き笑いみたいな顔で、何度もうなずいた。


 *


 自分の部屋で着替えた。


 鏡は見なかった。見たら負けだと思った。


 スカートの裾が膝のあたりで揺れる。歩くたびに布がまとわりついて、落ち着かない。足元がすうすうして、そこにちゃんと服を着ている気がしなかった。


 俺が、これを着ている。


 それだけで、顔から火が出そうだった。


 リビングのドアを開けると、母さんが「あら」と声を上げた。ソファでスマホをいじっていた凛が顔を上げる。


 凛は俺を上から下まで眺めて、ぼそっと言った。


「……普通に女子じゃん」


 その一言が、いちばん効いた。


 似合わないと笑われるほうが、まだましだった。笑われれば「だろ?」と言って脱げる。でも凛は笑わなかった。本当に、ただ普通だという顔をしていた。


「脱ぐ」


「えー、もったいない」


「うるせえ」


 部屋に逃げ帰り、ジーンズとパーカーに着替える。スカートはハンガーにかけて、クローゼットのいちばん奥に押しこんだ。


 扉を閉めても、さっきの凛の声が耳に残っていた。


 *


 月曜日。俺は学校に戻った。


 女子の制服は採寸が間に合わず、届くのは来週になるという。それまでは学校指定のジャージで登校していいことになった。正直、助かった。


 朝のホームルームで、担任が短く説明した。病気であること。本人は篠原蒼で変わらないこと。からかったりしないこと。


 教室は静かだった。三十人分の視線が、俺に刺さっていた。


「じゃあ篠原、何か一言」


「……篠原です。見ての通りです。よろしく」


 誰も笑わなかった。いつもなら誰かが茶化すところだ。その沈黙が、いちばんきつかった。


 名簿の性別欄は書き換えられていた。体育は女子と一緒になった。休み時間、前は普通にしゃべっていた男子たちが、俺の机の前で一瞬だけ立ち止まって、そのまま通りすぎていった。


「篠原さん、プリント」


 前の席のやつが、ぎこちなく紙を回してくる。昨日まで「篠原」と呼び捨てにしていたやつだ。


 さん、か。


 放課後、体育館に顔を出した。顧問は気まずそうに頭をかいた。


「篠原、その、しばらくはマネージャーってことで……どうだ」


 分かっていた。女子が男子バスケ部の練習に混ざるわけにはいかない。分かっていたのに、ボールの音が響く体育館で、俺だけがコートの外に立っていた。


 ベンチでスコアブックを開く。ペンを持つ手が、知らない誰かの手みたいに小さかった。


 練習が終わり、部員たちがばらばらと帰っていく。誰も俺に話しかけなかった。悪気がないのは分かっている。どう接していいか分からないだけだ。


 片付けをしていると、背後から足音が近づいてきた。


「蒼」


 振り返ると、隼人がいた。


 汗だくの顔で、いつもと同じぶっきらぼうな目をしていた。


「おう」


「スコア、ありがとな」


「仕事だからな」


 それだけの会話なのに、喉の奥がゆるんだ。今日初めて、ちゃんと名前で呼ばれた気がした。


 隼人が手を上げた。いつもの癖だ。練習のあと、こいつは必ず俺の肩をばしっと叩く。


 その手が、俺の肩の手前で止まった。


 ほんの一瞬だった。隼人は何事もなかったように手を下ろして、ボールかごを押していった。


「帰るぞ」


「……おう」


 俺は隼人の背中を見ながら、止まった手のことを考えていた。


 隼人は何も変わらない。そう思っていた。


 でも、あの手は止まった。


 俺の肩が、叩いていい肩じゃなくなったからだ。

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