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親友が、女になった俺を好きだと言った  作者: らび


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3/3

女子の輪

 女子の制服が届いたのは、復帰して二週目の月曜日だった。


 紺のブレザーに、チェックのスカート。それから、胸元に結ぶ赤いリボン。


 リボンだけが、どうしても結べなかった。


「なんでだよ……」


 洗面所の鏡の前で、俺は十分以上格闘していた。説明書どおりに輪を作って、くぐらせて、引っぱる。なのに、できあがるのは毎回つぶれた蝶みたいな塊だった。


 ネクタイなら目をつぶってでも締められる。中学からずっとそうだった。それなのに、この赤い布一本に完全に負けていた。


「お兄ちゃん、遅刻するよー」


 凛が廊下から顔を出す。


「凛、これ結べるか」


「無理。うちの中学ネクタイだもん」


 母さんはもう仕事に出ていた。時計を見ると、家を出る時間を五分すぎている。


「……もういい」


 俺はぐちゃぐちゃのリボンのまま、鞄をつかんで玄関を飛び出した。


 *


 教室に入ると、何人かの視線がリボンに集まった。


 分かっている。自分でもひどいと思う。でも、もう直す気力もなかった。席について、鞄から教科書を出す。


「篠原さん」


 声をかけられて顔を上げると、女子が一人、俺の机の横に立っていた。


 早瀬ことり。同じクラスだが、ほとんど話したことはない。いつも教室の真ん中で、よく笑っている女子だ。


「それ、自分で結んだ?」


「……そうだけど」


「だよね。すごいことになってる」


 早瀬はあっさり言って、手を差し出した。


「貸して」


「は?」


「リボン。結び直してあげる。ちょっとじっとしてて」


 断る間もなかった。早瀬は俺のリボンをするりとほどくと、手早く輪を作って形を整えた。三秒くらいの出来事だった。


「はい、完成」


 胸元を見下ろすと、ちゃんとリボンの形をしていた。


「……どうやったんだ、今の」


「慣れだよ、慣れ。あとでコツ教えたげる。あ、ついでに」


 早瀬は自分の手首から黒いヘアゴムを外した。


「髪、ちょっと失礼」


 俺が何か言う前に、肩まで伸びた髪が後ろでまとめられていた。首筋に風が通って、視界がすっきりする。


「伸びた髪、邪魔でしょ。結んどくとだいぶ楽だよ」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 早瀬は笑って、自分の席に戻っていった。


 俺はしばらく、首の後ろのヘアゴムを指でさわっていた。


 *


 昼休み。前は隼人や部活の男子と、購買のパンを食べていた。


 でも、ここ一週間はずっと一人だった。男子の輪に入っていくと、会話が一瞬止まる。それが嫌で、自分の席で弁当を広げるようになった。


「篠原さん、一緒に食べよ」


 早瀬だった。後ろに女子が二人いる。佐伯と宮下だ。


「いや、俺は――」


「いいからいいから。机くっつけるね」


 気づいたら、四つの机が島になっていた。


 女子の昼休みは、とにかく速かった。


 昨日のドラマ。駅前に新しくできた店。数学の小テストがやばい。担任の寝ぐせ。話題が五秒ごとに変わって、どこで相づちを打てばいいのか分からない。


「篠原さんは?」


「え、何が」


「だから、夏休みどっか行くの?」


「……部活」


「マネージャーでしょ? えらーい」


 佐伯が笑う。悪意がないのは分かる。でも、どう返せばいいのか分からなかった。


 男同士なら、黙ってパンをかじっていれば済んだ。ここでは、黙っていると「大丈夫?」と顔をのぞきこまれる。距離が近い。近すぎて、どこを見ていいか分からない。


 早瀬がさりげなく話題を変えた。


「篠原さんってさ、バスケ上手かったんでしょ。中学のとき県選抜だったって聞いた」


「選抜っていうか、候補止まり」


「それでもすごいじゃん」


 早瀬が話を振ってくれるたびに、少しずつ息ができるようになった。


 弁当が半分くらいになったころ、宮下が身を乗り出した。


「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど」


「何」


「篠原さんって、真壁くんとどうなの?」


 箸が止まった。


「……どうって?」


「仲いいじゃん。昨日も一緒に帰ってたし」


「幼なじみだからな。小学校から一緒だし」


「えー、それだけ?」


「それだけって何だよ」


「だって真壁くん、篠原さんのこと見てるもん」


 佐伯と宮下が顔を見合わせて、くすくす笑った。


「見てねえよ。あいつはただ心配性なだけで」


「ふーん」


 ふーん、の言い方が完全に信じていなかった。


 俺は弁当をかきこんだ。味がしなかった。


 隼人は親友だ。それ以上でも以下でもない。俺が女になっても、それは変わらない。変わるわけがない。


 なのに、宮下の言葉が頭から離れなかった。


 真壁くん、篠原さんのこと見てるもん。


 *


 午後の授業中、つい窓際の席を見てしまった。


 隼人は頬杖をついて、黒板を眺めていた。いつもどおりの眠そうな横顔だ。


 ほら、見てない。


 そう思った瞬間、隼人がこっちを向いた。


 目が合った。


 隼人はすぐに目をそらした。何事もなかったみたいに、また黒板に向き直る。


 俺も慌てて前を向いた。


 心臓がうるさかった。


 なんでだよ。


 ただ親友と目が合っただけだ。今まで何千回もあったことだ。


 それなのに俺は、放課後のチャイムが鳴るまで、一度も窓際を見られなかった。

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