鸚鵡返し
白鳥は遠藤を落ち着かせながら、状況を整理した。
10時30頃。
一組目の新婦が、挙式直後に突然昏睡状態となった。
11時30分頃。
二組目の新婦も、披露宴の最中に昏睡状態へ陥った。
福止グランドウエディングは、直ちに午後の営業を停止。
現在は式場を封鎖し、新郎新婦の安全確保と、関係各社への対応に追われているという。
(……神出鬼没の鸚鵡返しが、移動していない?)
氷室は顎に手を当てた。
「社長」
白鳥が静かに告げる。
「まだ、式場に居るかもしれません」
「ああ」
氷室は即座に頷いた。
「……行くしかない」
白鳥も頷き返す。
「遠藤」
「は、はい!」
「先方から連絡が入ったら、最優先で対応しろ。付き合いの長い式場だ。向こうは今、それどころじゃない」
「分かりました!」
二人はエレベーターへ滑り込む。
扉が閉まる。
一階。
そのまま社用車へ駆ける。
受付嬢は、足早に駐車場へ向かう二人の背中を見送った。
それは、福止屋では見慣れた光景だった。
エンジンがかかる。
間を置かず。
社用車は勢いよく走り出した。
インカムを起動する。
「橋本、貧乏神、聞こえるか。鸚鵡返しを追っている。力を貸せ」
『都市伝説の~?』
緊張感のない声。
「――あと5分で到着します。」
白鳥が前方を見据えたまま告げる。
「ああ」
氷室は小さく頷く。
「橋本。この街にいる怪異だ、何か知らないか」
『家の外のことは、知らないんだ~』
(……家とネットの話以外になると、すぐこれだ。役立たずめ)
氷室は思考を巡らせる。
怪異の生態。
鸚鵡返しは、現代になって初めて生まれた怪異だ。
過去には存在しなかった。
現代だから、生まれた。
人に話しかける。
(……言葉が減ったからか? 或いは、会話が文章へ置き換わったからか。SNSという現代の会話手段も気になる)
「白鳥は、どう見る」
「気になる点があります」
白鳥は間を置かず答えた。
「話しかけてくること。最初から襲わないこと。明らかにコミュニケーションを取ろうとしています」
「そうだ。そこが引っ掛かる」
「反応が薄いと、そのまま去ります。そして、昏睡させても、命は奪わないことです」
車内が静まる。
その時だった。
インカムの向こうで。
今まで黙っていた少女の声が、小さく零れる。
『――寂しい、のかも』
白鳥が息を呑んだ。
「……寂しい、か」
ゆっくりと頷く。
「鋭いかもしれません。寂しいから話しかけているのに、反応がないから立ち去っているだけ。理解はできます」
思考はさらに先へ進む。
「だが。反応した相手を、なぜ昏睡させる。そこだけが――」
白鳥が前を向いたまま告げた。
「社長、到着しました」
「ああ」
社用車が止まる。
二人は同時に飛び出した。
白鳥が氷室の手を取り。
そのまま、結婚式場へ駆け出した。
混乱する式場を進む。
誰も二人を呼び止めない。
スタッフも。
式場関係者も。
目の前の対応だけで手一杯だった。
遠藤から聞いた披露宴会場へ向かう。
扉を開く。
豪華な会場。
今にも披露宴が始まりそうな空間。
人だけが、いない。
「……視えますか」
白鳥が静かに尋ねる。
氷室はゆっくり首を振った。
「いや。……遅かったかもしれない」
『――遅かったかもしれない』
ペタ。
ペタ。
「……。」
ペタペタ。
氷室の身体が止まる。
――チョッ。
チョッ。
湿った足音。
ゆっくりと振り返る。
全ての意識を。
両目へ集める。
血液が一気に頭部へ押し寄せる。
視界の四隅から。
じわじわと闇が侵食していく。
網膜が軋む。
その先の深淵を。
無理やり、こじ開けた。
そこに居た。
鸚鵡返し(21日)余命:― 倫理:― 幸福:低
起源:███会話████████████
食性:感情
嫌悪:無視
目的:██████████伝え█████
縄張:野良
氷室は、両目を焼くような痛みを受け入れた。




