伊藤
福止屋。
「……鴉天狗の横やりが終わったと思えば、今度はこれか」
氷室は一枚の書類を机へ置いた。
商品企画部。
中堅社員からの退職届。
人事制度に、頭を抱える。
目詰まりしている。
中堅まで育った社員同士で、自然と出世競争が始まる。
勝ち残る者。
去る者。
その構造自体が、人を辞めさせていた。
「白鳥、人事も見てもらえるか」
「はい」
白鳥は退職届を受け取る。
氷室は次の報告書の音声を再生した。
「社長、世間の動きですが」
「ん?」
白鳥がリモコンのボタンを押す。
『――連続昏睡事件の続報です。被害者は二十三人に増えました。被害者たちが残した最後の言葉を紹介しながら、霊能探検家の佐伯先生に――』
「変えてくれ」
すぐにチャンネルが切り替わる。
『――福止市で警察官二人が負傷する事件がありました。昨夜未明、不審者への対応中だった警察官が男に襲われ、二十代と四十代の警察官二人が重傷――』
ニュースが流れ続ける。
地元局は、連日その二つの事件を報じていた。
連続昏睡事件。
そして、連続切り裂き事件。
「……警察にも被害が出たか」
氷室は静かに呟く。
「あの倉持たちが、件に苦戦しているようだな」
「そのようです」
白鳥は短く答えた。
氷室は小さく首を傾げる。
件。
あの怪異が。
警察相手に、ここまで手強いとは思っていなかった。
「鸚鵡返しから調べる」
氷室は静かに告げた。
「件は、警察に任せる」
氷室は端末を閉じた。
「同じ怪異である座敷童や貧乏神にも、話を聞いてみませんか」
「ああ」
氷室は頷く。
「それでも分からなければ、他の怪異にも当たる」
一瞬、静寂が落ちる。
白鳥は立ち上がると、勢いよく社長室の扉を開いた。
その瞬間。
ドサッ。
誰かが足をもつらせるように転がり込んだ。
氷室は光を見た。
この並び方は、伊藤だ。
「……なんだ、伊藤か」
「あ、す、すいません、社長」
慌てて立ち上がる。
「何か用か」
「い、いえ」
「通りかかっただけです」
明らかに動揺している。
逃げるように背を向けた。
「伊藤」
足が止まる。
「困っているなら、相談しろ。助けてやる。」
沈黙。
(……どうした。何か、考えているのか)
ゆっくりと振り返る。
深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
それだけ言い残し、足早に立ち去っていく。
サングラスを静かに外す。
氷室の視線は、その後ろ姿を追っていた。
伊藤 博志(27) 余命:19年 倫理:壊 幸福:無
エレベーターへ乗り込む気配がした。
扉が閉まる。
「……社長」
白鳥が口を開く。
「伊藤の様子ですが」
「ああ、深刻そうか」
「……なんでしょう。社長が話しかけるまでは、何かを隠しているようでした」
白鳥が少し、考えている。
「ですが、社長の言葉を聞いて、何か覚悟を決めたように見えます」
氷室は小さく息を吐いた。
「……白鳥、座敷童たちは後回しでいい」
無意識にサングラスを握り絞めていた。
「私は、私の社員である伊藤のほうが、心配だ」
「はい」
二人はエレベーターへ向かう。
その時だった。
足元から、新たな因果の光が昇ってくる。
無機質な駆動音。
扉が開く。
遠藤だった。
「社長……ッ! 式場で――」
息を切らしている。
「オウム返しが出ました!!」




