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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第九章 地元刑事編

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買い出し


『――昼は、娘の前で父親であれ。夜は、切り裂き魔になれ。』


腕から、感触が消える。


まるで砂になって崩れるように。


『凛ちゃんの好きなオムライス、作ろうね』


最後の声だけが残る。


そして。


手の中は、空になった。


倉持はゆっくり助手席へ戻る。


陣内はすぐ無線機を取った。


「井上、聞いてたか」


『――はい。昏睡事件の被害者家族に、伊藤博志という人物がいます。娘の名前は凛です』


「……伊藤博志?」


倉持は続きを待った。


チーム随一の記憶力。


井上の報告は速い。


『――先月、福止屋関係で洗った人物です。営業担当社員の、伊藤博志です』


倉持は目を細めた。


直感が告げる。


繋がった。


『――綾瀬です。応援に向かいますか?』


倉持は陣内を見る。


陣内は無言で頷いた。


ハンドルを切る。


進路が変わる。


「張るぞ」


倉持の口角が、ゆっくり吊り上がる。


「証拠は、俺たちで拾う」


時刻は16時32分。


「朝まで張る、終わったら直帰でいい。このまま伊藤の自宅を囲む」


『――井上、了解。』


『――綾瀬、了解。』


陣内は井上から住所を聞き終えると、アクセルを踏み込んだ。


覆面パトカーは、夕暮れの街へ走り出した。




「終業時間までは、まだあります」


陣内が前を見たまま言う。


「営業ですからね、帰宅は、もう少し先でしょうか」


「……いや」


倉持が短く返す。


「恐らく、もう居る」


その言葉を口にした瞬間。


頭の中に、小さな違和感が引っ掛かった。


伊藤には、娘がいる。


そして。


妻は、入院中だ。


「井上」


無線へ問いかける。


「伊藤、何歳だ。」


『――27歳です』


「……そうか。」


倉持は一人、納得したように頷く。


「もう仕事は切り上げてるかもしれねえ。奥さんが入院中じゃ、フルタイム勤務なんて、続けられねえだろ」


「……確かに」


陣内も頷く。


覆面パトカーが角を曲がる。


「俺たちは、いつも通りだ。車で張る」


「はい」


陣内は小さく頭を下げた。


そのまま、ゆっくりとアクセルを緩める。


この先を真っ直ぐ行けば。


伊藤博志の住むマンションだった。




マンション裏口が見える位置。


覆面パトカーを停める。


『――井上です。正面に着きました。綾瀬さんは共有玄関前で待機中、伊藤の部屋は202号室です』


「了解」


倉持は短く返した。


沈黙。


煙草に火をつける。


時間だけが過ぎていく。


誰も喋らない。


微動だにせず。


ただ、マンションを見続ける。


何も変わらない。


夕暮れの、ありふれた住宅街。


『――井上です』


無線が入る。


『女児と手を繋いだ男性が歩いてきます。推定二十代後半、親子と思われます。顔、覚えました』


再び沈黙。


『――マンションへ入りました』


車内の空気が変わる。


時刻は18時2分。


倉持は二階のベランダへ目を向けた。


一室に、灯りがともる。


『――綾瀬です。202号室へ入りました、本人確認。顔、覚えました』


「……長くなるぞ」


倉持は背もたれへ身を預けた。


静かに報告を待つ。


少し間が空く。


『――綾瀬です、視えます』


さらに数秒。


『……娘さんです』


続く、綾瀬の声。


『肩車、しています』


陣内は答えない。


倉持も答えない。


数秒。


無線だけが鳴る。


『……笑っています』


倉持は煙草をくわえた。


何も言わない。


残り少ない箱を開く。


一本。


二本。


三本。


数えて閉じた。


「……買い出し、済ませてくる」


「はい」


陣内が小さく頷く。


倉持は静かにドアを開けた。


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