勘
オフィス街の裏路地。
一件目の犯行現場。
事件発生時刻は、深夜二時。
被害者は帰宅途中だった二十代の男性。
ホストクラブ勤務。
革のジャケットを着たまま、すれ違いざまに右腕を切り裂かれた。
陣内がタブレットを開く。
被害者の傷口が映し出される。
「……恐らく、こうです」
しゃがみ込み。
胸元からナイフを抜く動きを再現する。
そのまま。
水平に一閃。
「やっぱり、おかしい」
倉持が低く呟いた。
「この革ジャンを裂いて、肉の深くまで。常人の腕力じゃねえ」
倉持もしゃがみ込む。
現場と、タブレットの傷口を見比べる。
「何か、ありますか」
陣内が尋ねる。
「……ねえ」
倉持は周囲へ視線を巡らせた。
「全部だ。全部、気持ち悪い」
静まり返った裏路地。
ひび割れた壁。
薄汚れた電柱。
「人間が一人襲われりゃ、必ず痕跡が残る。足跡、衣服の繊維、指紋……。擦り剥いた皮膚の一片でもいい」
視線が再び、タブレットへと落ちる。
「なのに、こいつは何も残さねえ」
傷口。
あまりにも綺麗だった。
まるで、最初から、そこだけを切ると決まっていたように。
「……初犯から、ずっと同じだ。一回なら偶然もある。二回ならまあ、まだ強運かもしれねえ」
倉持はゆっくり立ち上がる。
「……五回連続で、寸分の狂いもねえんだぞ」
倉持は黙り込む。
現場で見たもの。
被害者の怯えた目。
チグハグな目撃証言。
頭の中で、どうしても噛み合わない。
被害者は皆、口を揃える。
犯人は三十代くらいの男。
その証言だけが、浮いていた。
「三十代の男がこんなこと、できるか? 俺たち、本当に、同じ犯人を追ってるのか?」
陣内は、ぎり、と拳を握り締めた。
「ずっと、この言葉に振り回されてる気がする」
倉持が低く呟く。
「『三十代の男』……何なんだ、それは」
現場を見回す。
裏路地には、生ぬるい風が吹き抜けるだけだった。
「俺の目には、そんな奴の影すら見えねえ」
一拍置く。
「居合の達人が突然現れて、真剣で一太刀浴びせて、そのまま跡形もなく消えた」
「そ、それは……」
陣内は言葉を失う。
「……そうでも考えなきゃ、説明がつかねえ」
倉持は静かに首を振った。
「あり得ねえ話だ。だからこそ、気持ち悪い」
視線を傷口へ落とす。
「都市伝説と、切り裂き魔、偶然じゃねえ」
倉持は空を仰いだ。
「たまたま同じ時期でした、なんて話で済ませられる訳がねえんだ」
倉持は、自分の常識すら疑い始める。
「……切り裂き魔を追うのは、遠回りだ」
ぽつりと呟く。
「俺の勘だが。――追うべきは、連続昏睡事件だ」
胸ポケットから紙煙草を抜き、咥える。
「……そっちから辿ったほうが、早い気がする」
陣内は大きく頷いた。
「はい」
倉持が背を向ける。
覆面パトカーへ向かって歩き出した。
「行くぞ、陣内」
「はい」




