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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第九章 地元刑事編

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勘


オフィス街の裏路地。


一件目の犯行現場。


事件発生時刻は、深夜二時。


被害者は帰宅途中だった二十代の男性。


ホストクラブ勤務。


革のジャケットを着たまま、すれ違いざまに右腕を切り裂かれた。


陣内がタブレットを開く。


被害者の傷口が映し出される。


「……恐らく、こうです」


しゃがみ込み。


胸元からナイフを抜く動きを再現する。


そのまま。


水平に一閃。


「やっぱり、おかしい」


倉持が低く呟いた。


「この革ジャンを裂いて、肉の深くまで。常人の腕力じゃねえ」


倉持もしゃがみ込む。


現場と、タブレットの傷口を見比べる。


「何か、ありますか」


陣内が尋ねる。


「……ねえ」


倉持は周囲へ視線を巡らせた。


「全部だ。全部、気持ち悪い」


静まり返った裏路地。


ひび割れた壁。


薄汚れた電柱。


「人間が一人襲われりゃ、必ず痕跡が残る。足跡、衣服の繊維、指紋……。擦り剥いた皮膚の一片でもいい」


視線が再び、タブレットへと落ちる。


「なのに、こいつは何も残さねえ」


傷口。


あまりにも綺麗だった。


まるで、最初から、そこだけを切ると決まっていたように。


「……初犯から、ずっと同じだ。一回なら偶然もある。二回ならまあ、まだ強運かもしれねえ」


倉持はゆっくり立ち上がる。


「……五回連続で、寸分の狂いもねえんだぞ」


倉持は黙り込む。


現場で見たもの。


被害者の怯えた目。


チグハグな目撃証言。


頭の中で、どうしても噛み合わない。


被害者は皆、口を揃える。


犯人は三十代くらいの男。


その証言だけが、浮いていた。


「三十代の男がこんなこと、できるか? 俺たち、本当に、同じ犯人を追ってるのか?」


陣内は、ぎり、と拳を握り締めた。


「ずっと、この言葉に振り回されてる気がする」


倉持が低く呟く。


「『三十代の男』……何なんだ、それは」


現場を見回す。


裏路地には、生ぬるい風が吹き抜けるだけだった。


「俺の目には、そんな奴の影すら見えねえ」


一拍置く。


「居合の達人が突然現れて、真剣で一太刀浴びせて、そのまま跡形もなく消えた」


「そ、それは……」


陣内は言葉を失う。


「……そうでも考えなきゃ、説明がつかねえ」


倉持は静かに首を振った。


「あり得ねえ話だ。だからこそ、気持ち悪い」


視線を傷口へ落とす。


「都市伝説と、切り裂き魔、偶然じゃねえ」


倉持は空を仰いだ。


「たまたま同じ時期でした、なんて話で済ませられる訳がねえんだ」


倉持は、自分の常識すら疑い始める。


「……切り裂き魔を追うのは、遠回りだ」


ぽつりと呟く。


「俺の勘だが。――追うべきは、連続昏睡事件だ」


胸ポケットから紙煙草を抜き、咥える。


「……そっちから辿ったほうが、早い気がする」


陣内は大きく頷いた。


「はい」


倉持が背を向ける。


覆面パトカーへ向かって歩き出した。


「行くぞ、陣内」


「はい」



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