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午後一時過ぎ。
福止市。
馴染みの定食屋。
「決まりましたか?」
襖が開き、女将が顔を覗かせる。
高齢のはずなのに、その声には張りがあった。
倉持は軽く会釈する。
「さば塩定食、ご飯は少なめで」
「はいよ、さば塩ね」
女将は笑って頷く。
向かいでは、陣内が真剣な顔でメニューを見つめていた。
「……決まったか」
「はい」
勢いよく顔を上げる。
「カツ丼をお願いします」
「はい、カツ丼ね」
そこで終わらない。
「あ、それとラーメン。あと、唐揚げ定食」
「はいはい」
「ご飯、大盛りで」
女将は声を上げて笑った。
「今日も元気で、よろしいねぇ」
注文を書き留めると、そのまま厨房へ消えていく。
給料日。
いつもの席。
わざわざ一つしかない座敷を空けてくれるのも、もう何年もの付き合いだからだ。
福止市の日常。
何十年も変わらない景色だった。
倉持は湯飲みを口元から離す。
「……昼だぞ」
陣内が気まずそうに頭を下げる。
「すみません」
倉持は鼻で笑った。
店内をゆっくり見回す。
それは癖だった。
呼吸をするように、人を観察する。
そして。
陣内へ視線を戻す。
「一番下の熱は、下がったのか」
「あ、はい」
陣内は照れ臭そうに頷く。
「ご迷惑をお掛けしました」
湯飲みを一口啜る。
やはり分かりやすい。
感情が、そのまま顔へ出る。
まるで文字でも浮かんでいるようだ。
倉持は続ける。
「……それで、一番上の結果は」
聞かなくても分かっていた。
陣内は頭を掻きながら笑う。
「はい。都道府県予選、優勝しました」
「そうか。」
短い一言。
それだけだった。
当然の結果だ。
警察柔道大会上位者から、何年も直接指導を受けている。
ふと。
十年以上前。
初めて陣内に投げ飛ばされた日のことを思い出す。
紙巻き煙草を一本くわえた。
カシン。
ライターの蓋を開く。
火を点ける。
吸える場所も、もう少なくなった。
「……お利口さんだ。尻尾を、まるで出さねえ」
倉持は煙を吐いた。
五件目。
人気のない遊歩道。
犯人は繰り返しても、証拠を残さなかった。
「タイミングも最悪です」
陣内が苦い顔をする。
「ああ」
倉持は窓に向かって、紫煙を吐き出した。
ここ最近。
通報が絶えない。
連続昏睡事件。
救急も警察も、その対応に追われている。
世間は、連続切り裂き魔と連続昏睡事件。
二つの事件に振り回されていた。
「なあ、陣内」
倉持が煙草を指で挟んだまま言う。
「最初の現場へ戻ろう。このヤマ、ずっと変なんだ」
視線を落とす。
「……あの現場に、何か置き忘れたまま、捜査してる気がする」
陣内が身を乗り出した。
「……やりましょう」
即答だった。
「倉持さん。最初から、全部」
その返事だけで十分だった。
単純だ。
裏表がない。
だからこそ、信じられる。
「――失礼します」
襖が開く。
若い女性店員が、お盆を抱えていた。
どこか、女将の面影がある。
「さば塩定食です」
倉持の前へ静かに置く。
続いて。
「カツ丼と……ラーメンですね。」
一度、手を止める。
「……あれ?」
スマートフォンを見直した。
「唐揚げ定食、大盛り……?」
困ったように首を傾げる。
「あ。」
陣内が手を挙げた。
「それも僕です」
「……ぁ、はい!」
店員は吹き出しそうになるのを堪えながら笑顔で頷き、厨房へ戻っていく。
陣内の大きな手が割り箸を取る。
パチン。
勢いよく割った。
「いただきます!」
倉持は鼻で笑う。
箸を手に取り。
いつものように、鯖の骨を外し始めた。




