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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第八章 監視破り編

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羽田発


11時20分発。


羽田空港。


社用車を降りると、そのままターミナルへ向かった。


搭乗手続きは、すでに白鳥が済ませている。


二人はほとんど立ち止まることなく、保安検査場を抜けた。


到着してから、一言も会話はない。


もし鴉天狗が人へ化けているのなら。


ここにいる全員が容疑者だ。


平日の空港。


広いターミナルに、人影はまばらだった。


静かなアナウンスだけが、高い天井へ響いている。


(……ざっと三百人)


氷室は因果の光を見渡す。


一人につき、一秒。


それでも五分。


実際には、人は絶えず歩き、立ち止まり、すれ違う。


読み切ることは現実的ではなかった。


(……機内で待つか。)


氷室は視線を戻した。


空港係員の案内を受け、白鳥とともに手荷物検査を通過する。


搭乗ゲート。


待合の椅子へ腰を下ろした。


ようやく、一息つく。


あとは搭乗開始を待つだけだった。


ふと。


隣を見る。


白鳥はスマートフォンを片手に、休むことなく指を動かしていた。


画面が目まぐるしく切り替わる。


「何をしている」


「本日の会議の日程変更です」


白鳥は視線を上げない。


「併せて、明日以降の予定調整と引き継ぎも済ませています」


「そうか」


少し間を置く。


「何か、手伝おうか」


白鳥は小さく首を振った。


「ありがとうございます。もう終わりますので、大丈夫です」


「……そうか」


氷室はそれ以上、何も言わなかった。


ただ。


忙しなく画面を滑っていく白鳥の指先を、静かに見つめていた。


この短い待ち時間でさえ。


彼女は、一つも時間を無駄にしない。




やがて、搭乗開始のアナウンスが流れた。


「行きましょう」


白鳥が立ち上がる。


「ああ」


二人は搭乗ゲートを抜け、そのまま機内へ入った。


購入した座席へ進む。


ファーストクラス。


八席だけの、静かな空間。


氷室はゆっくりと腰を下ろした。


初めての感覚だった。


隣に、人が居ない。


指先で肘掛けをなぞる。


滑らかな革。


広い座面。


十分すぎる足元。


(……これが、ファーストクラス)


二カ月前なら。


一生、縁のない場所だった。


足音が近付く。


「氷室様。本日はご搭乗ありがとうございます。本日担当いたします、鈴木と申します」


見上げる。




鈴木 優子(31) 余命:45年 倫理:高 幸福:中




(……普通の人間か)


客室乗務員だった。


「ああ、よろしく頼む」


「ウェルカムドリンクはいかがでしょうか。アップルジュース、オレンジジュース、当社オリジナルのオレンジとレモンのドリンクをご用意しております」


「林檎で」


「かしこまりました」


鈴木が一礼して離れる。


やがて。


甘い林檎の香りが漂ってきた。


氷の触れ合う澄んだ音。


静かにグラスが満たされる。


その間に、氷室は少し離れた席へ意識を向けた。


白鳥は、まだスマートフォンを操作している。


指先は迷いなく画面を走り続けていた。


(……まだ仕事か)


思わず苦笑する。


搭乗した今も。


飛行機が飛び立つ、その瞬間まで。


ことり。


テーブルへグラスが置かれた。


「御用の際は、本日担当いたします鈴木までお申し付けください」


布が擦れる音。


一礼している。


「左手の肘掛け、その内側に呼び出しボタンがございます」


「ボタンか」


「失礼いたします。お手をお預かりしても、よろしいでしょうか」


「ん? ああ」


そっと。


下から支えるように、右手が包まれた。


温かい。


柔らかな手だった。


無理に引くことはしない。


ゆっくりと肘掛けへ導いてくれる。


「こちらです」


指先が、小さな突起へ触れた。


「助かる」


「他にも、ご不明な点がございましたら、いつでもお呼びください」


座席の操作を一つひとつ説明すると、客室乗務員は静かに一礼し、その場を離れた。


氷室は指先だけで操作を確かめる。


一つ目。


座席がゆっくりと後ろへ倒れていく。


次のボタン。


足元が静かに持ち上がる。


さらに隣。


背中へ、心地よい振動が伝わった。


肩から腰まで、一定の力で揉みほぐされていく。


「おお……っ」


氷室は、そのまま身体をシートへ預けた。


離陸まで、まだ少し時間がある。


ふと、白鳥の気配へ意識を向ける。


指先は、まだ絶え間なく画面を叩いていた。


(……試さないのか)


この座席より。


白鳥には、仕事のほうが心地いいらしい。

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