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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第八章 監視破り編

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感情


「「――飛行機」」


声が重なった。


一瞬。


社長室に静かな笑みが広がる。


氷室は満足そうに頷いた。


「説明してくれ」


白鳥も小さく頷く。


「伝承では、鴉天狗は空を飛びます。ですが、現代の人間は違います」


白鳥の声が少し、低くなる。


「高度一万メートル、時速八百キロ。生き物が追い付ける速度ではありません」


氷室は珈琲を一口含む。


(ああ、昔話に付き合っていられるか)


「もし監視を続けるなら。奴は飛行機へ乗るしかありません」


白鳥は続けた。


「乗客でも。客室乗務員でも。あるいは機長でも。姿を変えて、同じ便へ乗る」


資料を閉じる。


「つまり」


氷室の口元が緩んだ。


「飛行機そのものが、鳥籠になります」


(……白鳥と鴉では、勝負にならなかったな)


「後は」


氷室は立ち上がる。


「直接、覗くだけだ」


白鳥も続く。


社長室の扉が開く。


歩きながら、スマートフォンを操作する。


「羽田空港へ向かいます。最も早く出発する便を確保します。」


エレベーターが到着した。


扉が開く。


二人は迷わず乗り込む。


「午後には到着できます」


「映画の逃避行みたいだな。行き先は」


白鳥は予約完了の画面を確認した。


「――新千歳空港です」


「そうか。今日の昼食は、機内で済ませるか」


二人は社長室を出る。


そのまま地下駐車場を横切り、社用車へ乗り込んだ。


「飛ばします」


白鳥がシートベルトを締める。


「倉持に捕まるなよ」


エンジンが唸る。


静かに車が走り出した。


(さあ、どうする。鴉天狗。鳥籠へ閉じ込められるぞ)


「中央環状線から湾岸線へ入ります」


白鳥が前を見据えたまま告げる。


「四十分ほどで羽田です」


氷室は後方へ意識を向ける。


因果の光は見える。


だが。


追跡者がいるかまでは判別できない。


「白鳥」


「はい」


「お前が鴉天狗なら、どう動く」


白鳥は少しだけ考えた。


「……私が鴉なら、三百メートルほど後方を飛びます。視認されず、それでいて見失わない距離です。」


少し間を置く。


「目的地が羽田空港だと気付いた場合」


珍しく。


白鳥の返答が止まった。


「……山手トンネル」


静かな声。


「あそこが一番の問題です。どれだけ急いでも。上空からは、十五分ほど監視できません」


氷室は白鳥へ顔を向ける。


彼女の因果だけは違う。


光の並び。


揺らぎ。


重なり。


一つ残らず記憶している。


だから分かる。


今の白鳥は。


追う側ではない。


追われる側でもない。


本気で、追跡者になって考えている。


(……本当に。優秀だな、白鳥)


「……二択になります」


白鳥は前を見据えたまま答える。


「トンネルへ入り、そのまま追跡するか。あるいは、出口で待ち伏せするか」


少しだけ間を置く。


「私なら、待ち伏せを選びます」


見なくても分かる。


白鳥は今、少しだけ笑っている。


相手を追い詰める時だけ見せる、あの自信に満ちた表情だ。


「理由を聞かせてくれ」


白鳥はすぐには答えなかった。


フロントガラスへ流れる首都高の光を見つめる。


そして。


「……怖いからです」


静かに口を開いた。


「飛べない場所へ入ったら。何をされるか、分からない」


車内が静かになる。


エンジン音だけが流れていた。


(……怖いから)


その一言を反芻する。


(私は、そう考えなかった)


だから気付けなかった。


(だが。感情で判断する相手なら。鴉天狗も、同じ結論に至る。)


氷室は静かにサングラスを掛け直した。


因果の光が、少しだけ穏やかになる。


(感情で選ぶ、か。理解は出来ない。……それでも、理屈は通る。)


社用車は首都高を滑るように駆け抜けていった。

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