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喉の奥で、悲鳴を噛み殺す。
(──こいつだ)
視線を強制的に植木へ落とす。
網膜に映り込む、歪なほどに美しい横顔を必死に消し去る。
カサリ、と枯れ葉を拾い集める。
頬の筋肉を、まばたき一つを、完全に凍結させる。
(震えるなよ。絶対に、悟られるな)
肺の腑まで、冷たい空気をそっと送り込む。
「失礼します」
自分の声が、異様に上ずって聞こえた気がした。
デスクの背後へ、音もなく回り込む。
黒いゴミ袋を交換する、わずかな摩擦音。
それが室内で、不快なほど大きく響く。
背中越しに響く、冷徹な打鍵音。
(この化け物が、あの因果を叩き込んでいる)
カチ、カチ、カチ──。
(画面が見たい。あの光の向こうで、何を入力している──)
「氷室さん」
心臓が、肋骨を突き破らんばかりに跳ね上がった。
振り返る必要すらない。
視線が、こちらを捉えている。
掌に爪を深く突き立てる。
肉が裂ける痛みだけで、せり上がる恐怖をねじ伏せる。
「はい」
「その木を選んだの、氷室さん?」
「……はい」
「飽きたから交換してくれる?」
「かしこまりました」
カチ、カチ。
再び、冷酷な機械仕掛けの音が世界を支配する。
深く、頭を下げる。
「――背信と裏切り」
氷室の肩が、ついに震えた。
「次は、もっと縁起のいい花言葉にして頂戴」
「はい……」
一礼すると、社長室を脱出した。
閉ざされた扉の向こうで、脂汗に濡れたブラウスが、冷たく背中に張り付いていた。
昼休み。
庶務課へは戻らない。
そのまま外へ這い出た。
一人に、なりたかった。
チリン、と冷たいドアベルの音。
裏路地の純喫茶。
窓際の席へ滑り込む。
サンドウィッチを注文し、スマートフォンを起動した。
派遣先の会社名を、検索窓に叩き込む。
『株式会社 福止屋』
設立日 :1727年3月15日
代表取締役:福止 静子
事業内容 :式典記念品の企画・総合サプライ
(……偽名だ。本名は『福止め死ず子』)
享保から続く歪な歴史。
あの化け物の「322歳」という異常な年齢が、企業の設立年と合致する。
再検索。
『福止め死ず子』
──該当するデータは存在しません。
冷徹なゼロ。
ネットの海から完全に不可視化された名前。
派遣先には、常に搾取する人間がいた。
だが、あの女は次元が違う。
人間ではない。
現代に紛れ込んだ怪異そのものだ。
(だから何だ、あの女が許せない)
サンドウィッチを無機質に噛み砕く。
福止の痕跡を調べ上げる。
乾いたパンが、喉の通り拒絶を告げる。
ふと、開放された窓の外へ視線を向けた。
行き交う群衆。
誰もが、己の終わりを知らずにアスファルトを踏み締めている。
氏名、年齢、余命。
ノイズのように網膜を過る無数のデータ。
誰一人として、三桁を生きる怪物など、いない。
あの「死ず子」だけが、世界の因果をせき止めている。
注ぎ込む、昼の陽光。
◇ ◇ ◇
暗闇。
脂ぎった橋本の指。
グリ、グリ。
──沢渡 澪(24)営業課。
『伊藤さんがお祝いのお土産置いてくれたよ! チョコのやつ。無くなる前に回収しに行こー!!』
覗き見る、プライベートの深淵。
「ミオちゃん、本当にいい子だよなあ~」
不快な笑みが漏れる。
橋本は崩れ落ちた菓子袋の山を掻き分ける。
やっと見つけたチョコを、口へ放り込んだ。
ねっとりと舌に張り付く、過剰な甘味。
「ん~、チョコは甘すぎ~、好きじゃあないんだ~、……あれ?」
液晶の隅で、赤い警告灯が明滅した。
社内システムが検知した、冷酷なエラー。
自分宛ての個人チャットがポップアップする。
『決済がエラーで承認されません。至急、復旧対応をお願いします。再発防止を求めます』
「クソババアだ~。何も分かってないくせに~」
無機質な追及を鼻で笑う。
橋本の指先が、キーボードを乱暴に叩いた。
無造作に書き換える、決算種別と内訳。
再実行。
──成功。
「はい、暫定対応できました~」
グリ、グリ。
何事もなかったかのように、画面に戻る。
沢渡澪のSNSのアカウントにログインする。
「ミオちゃ~ん」




