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迷いはない。


指先を突き立てる。




【運命の改竄】


――生存:遠藤 葵(22)




確定。


因果の鎖が、音を立てて書き換わる。


逆再生される世界。


爆散した外壁が、鉄の質量が、時間を逆行して部屋の外へと吸い出されていく。


12時47分。


リモコンを操作する。


画面を、何事もなかったかのようにホームへ戻す。


「何か見る?」


「えー、先輩、普段は何を見てます?」


偽りの平静。


それを切り裂く、金属が擦れ合う悲鳴。


鼓膜を抉るブレーキ音。


背後の窓の外を、巨大な影が猛烈な速度で通過した。


直後、轟音。


激しい地鳴りが、足元を激しく揺さぶる。


「えっ、今の、……やばくないですか?」


「そうね。もう大丈夫──」


ターゲットは外れた。


因果の軌道を変えた。


だが、世界はタダでは書き換わらない。


氷室の中の大切な何かが破砕される。


寿命が根こそぎ削り取られていく感覚。


確信。


魂の摩耗とともに、視界が急速に黒く染まった。




ズキリ、と脳を刺す鈍痛。


(……頭が痛い)


フローリングの床。


氷室は這いつくばるようにして目を覚ました。


起き上がる。


テーブルの上に散らかった、乱雑な缶とアルコールの残臭。


その反対側。


無防備に丸まって眠る、遠藤の身体。


(──助かった)


見慣れた、いつもの自室。


遮光カーテンの隙間から、冷徹な朝日が差し込んでいた。


「……おはようございます」


身を起こす遠藤。


「大分、飲んだのね」


「はい……頭が割れそうです」


7時42分。


世界のシステムが、再び日常の速度で回り始める。


「ああ、もうこんな時間。準備しないと」


「はい。そういえば──何も起きませんでしたね」


遠藤が小さく笑う。


「……そうね。変なことに付き合わせて、ごめん」


「いえ、いいんです! ……あ、そういえば先輩、どうして交通事故の動画ばかり見てるんですか?」


氷室の思考が、ピタリと停止した。


見ていない。


この『現実』では、動画の再生ボタンすら押していない。


「……遠藤。その動画、いつ見た?」


「え? 先輩の家に来て……あれ? なんだろう。頭がぼやけて……変ですね、飲みすぎたかもです!」


記憶の不具合。


因果を強制的にねじ曲げた代償が、微かなノイズとして少女の脳を侵食している。


(……深追いは、やめろ)


焦点を合わせる。


網膜が、冷徹な数字を弾き出した。




遠藤 葵(22)余命:69年




死の宣告は消滅した。


氷室は、眼前の数字だけを信じることに決めた。


手早く、出社の支度を始める。




「――休暇の申請、受け取ってません。これは立派な無断欠勤になりますよ」


白鳥の冷たい声が響く。


「申し訳ございません」


機械的に頭を下げる。


隣で遠藤も追随した。


不機嫌に歪む白鳥の顔面。


その上に、冷徹な数字が浮かぶ。




白鳥 美砂(33)余命:3日




昨日より、確実に1日削られている。


人の命を玩具にする、見えない世界の強制執行。


(……ああ、許せない)


「ちょっと、聞いてるの? 貴女──」


「営業フロアの清掃がありますので、失礼します」


3日後にはもういない女だ。


言葉を交わす価値もない。


白鳥の制止を捨て、一瞥もくれずにフロアを去る。


背後で、白鳥の驚愕した息遣い。


歩きながら、スマートフォンをスクロールする。


画面に映る、社内営業のデータ。


新東邦物産 担当:伊藤博志。


言得洲企画 担当:真壁悠人。


真壁。


脳裏を過る、昨日の事故ニュース。


横転した車の運転手と同じ苗字。


営業フロアの扉を開ける。


年商1000億を掲げる、浮ついた欲望の匂い。


シュレッダーの袋を交換しようとした、瞬間。


「派遣さん、これどうぞ。いつもありがとう」


振り向くと、上機嫌そうな伊藤。


デスクから高級洋菓子の小箱を差し出してきた。


「あ、ありがとうございます。いいのですか?」


「もちろん! 貰って貰って! 新東邦物産のコンペ、正式にうちで受注決まったのよ! 上半期のノルマ一発クリア!」


「……受注、大変でしたか?」


伊藤の顔が、微かに曇った。


「ん-、正直、ずっと競合に負けてたんだ。でもさ、あっちの担当者が急に不祥事で飛んでさ! コンペ当日に自滅。なんか勝手にこっちに転がり込んできたんだよね」


(……また、運か)


幸運の皮を被った、不可避の悪意。


「タイミングが良すぎて、ちょっと怖いくらい。静子社長の肝いり案件だと、特にこういうのがあるんだよね~」


伊藤が身を翻す。


「あの、真壁さんはどちらですか?」


「真壁? ……なんか忌引きみたいだよ。急ぎ?」


「いえ、また改めて」


点と点が、血の線で繋がっていく。


伊藤の不自然な勝訴。


真壁を襲った喪失。


すべてが繋がっている。




エレベーターが上昇する。


重い扉が開いた先は、静寂が支配する役員フロア。


規定の時刻。


社長室のドアをノックする。


社長──福止静子は、パソコンの光に顔を照らされたまま、一瞥もくれない。


声はない。


静かに植木の手入れを始める。


鋏の鋭い金属音だけが室内に響く。


この女が、あの因果を操っているのか。


茂みの隙間から、福止へ視線を固定する。


集中。


氷室が覗き込む。




福止め死ず子(322)余命:-255年




人間ではない何かが、そこにいた。



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