社員
翌日。
朝日が一切届かない、福止屋の電算室。
静かな空調音だけが響いている。
グリ、グリ。
新品のマウスホイールが回る。
ボリ、ボリ。
橋本は菓子をかじりながら、営業日報を眺めていた。
画面には、一件の商談報告。
『新郎様が結婚式自体に消極的だったが、趣味の「演出」の提案で意欲が向上。案件化確度80%。次回商談で醸成予定』
「……真壁は、真面目だなぁ」
女性社員を覗き見ると怒られる。
だから、それはやめた。
でも。
「書き込み」は解禁された。
それだけで十分楽しい。
カタカタカタカタッ。
指が弾ける。
『ありがとうございます。即決案件まで持ち込める可能性があります』
送信。
「ん~、こうなんだな」
すぐに続きを打つ。
『商談冒頭でドリンクサンプルを新婦へ試供してください。試飲中の五分間、新郎様と予算感を先に固められます』
「戻る前に握るんだな」
口元が緩む。
さらに打ち込む。
『新婦様が席を外したタイミングで、ご予算の上限だけ先に合意されてはいかがでしょう。後から演出をご提案しやすくなります』
送信。
満足げに画面を眺める。
「うん」
頷く。
「こっちのほうが、決まる」
ニチャァ……。
口元だけが嬉しそうに歪んだ。
ボリ、ボリ。
貧乏神は、書き込んだ文章を静かに読んでいる。
橋本は遠藤葵のSNSを開いた。
――カチチッ。
小さな音。
「ひぇっ!」
反射的に振り向く。
壁際。
いつものように、貧乏神が立っている。
手には、あのカッターナイフ。
相変わらず無表情。
「……なんでユイたちの味方ばっかりするんだ~」
座敷童が頬を膨らませる。
「憑りついてもいないのにさ~!」
返事はない。
枯れ木のように立ち尽くしている。
橋本はSNSを閉じた。
ガタン。
地下室の扉が開く。
「お疲れ様です。差し入れです」
聞き慣れた声。
白鳥だった。
段ボール箱を抱え、地下へ降りてくる。
「ババア~~!」
「はいはい。ババアは禁止です」
座敷童が段ボールへ飛び付く。
ポテトチップス。
チョコレート。
ジュース。
夢中になって漁り始めた。
その横で。
白鳥は小さな袋を取り出す。
べっこう飴。
貧乏神の前へ差し出した。
「どうぞ」
貧乏神は一瞬だけ固まる。
そして。
深く頭を下げた。
白鳥は少しだけ笑う。
「いいの。あなたたちも、福止屋の大切な社員ですから」
貧乏神は飴を受け取る。
静かに包装を開く。
ころり。
口へ入れた。
白鳥は空き箱を畳み始める。
「……あり、がと」
かすれた、小さな声。
白鳥の手が止まる。
「……白鳥、さん」
橋本も息を呑んだ。
貧乏神が、喋った。
ゆっくり振り返る。
そこには、いつもと変わらない貧乏神。
壁にもたれ。
何事もなかったように立っている。
「……ババア~」
座敷童が袋を抱えたまま振り返る。
「ぼくもなんだ~」
「はいはい」
白鳥は荷台を押し、地下室を後にした。
なんとなく、分かった気がした。
社長が怪異にここまで向き合う理由。
人より、不器用。
だから。
善意も。
悪意も。
隠せない。
人間のように、笑って嘘は、つけない。




