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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第七章 怪異騒乱編

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怪異


「ああ、心配するな、白鳥」


氷室は静かに言った。


「本当に、大したことじゃない」


そして。


「――支払う。やれ」


河童が笑った。


その瞬間。


白鳥は目を見開く。


青白く萎びていた河童の肌。


ゆっくりと艶が戻っていく。


乾いた唇が潤い。


頬にわずかな血色が差す。


口元だけが、不気味に歪んだ。


(……また)


拳を握る。


爪が掌へ食い込む。


(また、大切な人から奪っていく……)


胸の奥で、静かな怒りだけが燃え続ける。


異形の怪異を射殺すように。


冷酷な白鳥の視線。


(必ず、取り返します)


河童は満足そうに息を吐いた。


『一つ』


低い声が、水槽の中へ響く。


『野良の「件」が、この地を食い荒らしている』


氷室は黙って聞いている。


『一つ』


河童は続ける。


『他所の「烏天狗」が、お前を監視している』


白鳥はその名を胸へ刻み込む。


そして。


河童の言葉が止まった。


『……む』


皺だらけの指先が、自らの頭を掻く。


考え込むように、小さく唸る。


「どうした」


氷室の声は冷たい。


「代価は支払ったぞ。続きを話せ」


河童はゆっくり顔を上げた。


『初めて見る』


その窪んだ瞳が、不規則に揺れる。


左右ばらばらに動き続ける。


『生まれて間もない怪異だ』


『悪食だ』


『これは、見境がない』


奥歯を噛み締める。


ぶくり。


大きな泡が口から漏れ、水面へ昇っていく。


『人と共生する気が、まるでない』


『いや、野良ですらない』


『……はぐれ者だ』


河童の頭皮が蠢く。


ぷつり。


ぷつり。


新しい眼球がいくつも浮かび上がる。


そのすべてが、一斉に一点を見つめた。


『人の真似をするのか』


『……人の心を喰らう』


一拍。


『――「鸚鵡返し」。』


水槽の底が震えた。


ぼこり、と巨大な泡が弾ける。


河童の頭に生えた眼は、ゆっくりと溶けるように消えていく。


『住処を持たぬ』


足元を冷気が撫でる。


『まだ、赤子だ』


水槽の泡だけが浮かぶ。


氷室は口を開いた。


「……監視?」


氷室が首を傾げる。


「何を監視している」


白鳥は黙って両手を握り締める。


そして。


河童が答える。


静かに氷室たちを指さした。


『……お前たちだ』


「……そうか」


氷室は短く頷く。


「誰の差し金だ」


『分からん』


『分かるのは、一週間前、この街へ入ったことだけだ』


氷室は顎へ手を添える。


「では、福止市を騒がせている『切り裂き』と『都市伝説』」


「どちらも、怪異の仕業か」


『そうだ。』


河童は迷わず答えた。


『件が「切り裂き」』


『鸚鵡返しが「都市伝説」』


短い沈黙。


氷室は何も言わない。


代わりに、白鳥が一歩前へ出た。


「その話を、どう信じろと?」


河童が初めて白鳥を見る。


『疑うか』


窪んだ眼窩の奥へ、侮蔑が浮かぶ。


『我らは宿る』


『物。家。土地』


『あるいは彷徨う野良』


凍り付くような冷気。


『私は、この土地に宿る。だから、この土地のことだけは偽れん』


白鳥は河童を見下ろしたまま、続ける。


「……はぐれ者とは」


河童は鼻で笑う。


『人だけを喰らう外道だ』


『座敷童も、貧乏神も見ただろう。家へ宿る怪異は、人と共に生きる』


白鳥は小さく息を吐く。


『外道は、その逆だ』


「……分かりました」


数秒の間。


白鳥は考える。


「……最後に一つ。残る一柱は」


河童は答えなかった。


代わりに。


ゆっくりと指を持ち上げる。


その先には。


氷室。


「ああ」


氷室は肩を竦めた。


「私は怪異なのか」


少し笑う。


「まあ、人間だとは、もう思ってはいなかった」


河童は何も言わない。


静かに背を向けた。


二人は水槽を後にする。


河童だけが、水面を見上げる。


泡が一つ。


ゆっくりと浮かび上がった。


『……だからか』


小さく呟く。


『あいつらが、動いたのか』


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