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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第七章 怪異騒乱編

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クラゲとスワン


ショッピングモール。


人混みを縫うように歩きながら。


氷室と白鳥は水族館へ向かった。


遠くで流れる館内アナウンス。


「社長」


白鳥が歩幅を緩めずに口を開く。


「あの怪異は、悪さはしないと話していましたが」


「ああ」


氷室は頷く。


「だが、怪異の言葉を鵜呑みにする気はない」


足早に。


「自分の目で確かめる」


水族館の入口へ着く。


白鳥が窓口へ進んだ。


「大人二名でお願いします」


「かしこまりました」


スタッフの明るい声が返る。


「チケットのデザインをお選びいただけます」


提示される。


「ペンギン、アザラシ、シャチ、クラゲ――」


言い終わる前。


「クラゲで」


白鳥が即答する。


スタッフが一瞬だけ黙る。


「……かしこまりました」


チケットを受け取る。


ゲートを抜ける。


「クラゲが好きなのか?」


「いえ」


白鳥は淡々と答える。


「早く言えたので」


「……? そうか」


館内へ入る。


ひんやりと湿った空気。


わずかな塩の匂いが鼻腔を突いた。


ポンプの低い振動。


床を通じて足の裏を震わせる。


氷室の目に、泳ぎ回る魚の姿は見えない。


見えているのは。


淡く青い因果の光だけが脈打つように見えていた。


「深海魚コーナーです」


白鳥が案内する。


二人は冷たい闇の奥へと足を踏み入れる。


現在、確認されている怪異は三柱。


座敷童。


貧乏神。


河童。


そして。


アクリルガラスの向こう。


冷たい水底。


深海魚すら近寄らない、水槽の隅。


照明の届かない、その死角だった。


「……そこにいる」


氷室が静かに言う。


白鳥は目を凝らした。


視線の先にあるのは、循環ポンプを隠すための人工岩。


ただ、それだけ。


怪異の姿は見えない。


「来たぞ」


氷室は岩へ向かって話しかけた。


「ああ」


少し間を置く。


「彼女のことは保証する」


静かに頷く。


「そうか」


振り向く。


「それなら話は早い」


周囲の観客が、不思議そうに氷室を見始める。


白鳥は一歩前へ出た。


その視線だけで、周囲の興味を静かに逸らす。


その時だった。


『……我々を含めて、七柱』


低く濁った声。


足元。


白鳥は反射的に振り返る。


水槽の底。


青白い男が、膝を抱えて座っていた。


いつから、そこにいた。


水槽越しの光が、その肌だけをぼんやり照らしている。


「座敷童、貧乏神、河童」


氷室は淡々と数える。


「残りは」


河童はゆっくり顔を上げた。


窪んだ眼窩の奥は、底の見えない闇だった。


『ここから先は』


一拍。


『支払いだ』


白鳥の肩に力が入る。


氷室は少し首を傾げた。


「何が欲しい」


河童は答える。


『母親との記憶』


空気が凍る。


「ああ」


氷室は迷わなかった。


「それなら――」


「社長ッ!」


白鳥の声が響く。


肩を強く掴む。


その手には、はっきりと力がこもっていた。


「社長」


白鳥の声が、わずかに震えた。


「……駄目です」


「何がだ?」


氷室は首を傾げる。


深海魚の水槽前。


そこだけが、不自然な空白になっていた。


誰も近寄らない。


近寄れない。


静まり返った水の底で、河童だけが黙ってこちらを見ている。


「思い出です」


白鳥は吐息を漏らしながら訴える。


「大切な記憶のはずです」


「ああ」


氷室は無造作に続ける。


「問題ないんだ。というより、運がいい。私は孤児だ。両親の顔も、声も知らない」


少しだけ間を置いた。


「失うものなんて、最初からない」


その一歩を。


白鳥が塞いだ。


迷わず、氷室を抱き寄せる。


細い肩を、両腕で包み込む。


胸元へ額を押し当てる。


「……白鳥?」


氷室は戸惑ったように名前を呼ぶ。


返事はない。


ただ。


腕に込める力だけが、少しずつ強くなる。


(これ以上)


唇を噛む。


(これ以上、あなたが何かを削り、失っていく姿など――)


見たくない。


どうか。


「……お願いです」


搾り出された白鳥の声。

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