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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第七章 怪異騒乱編

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物騒


福止屋。


『――本日未明、都内の路上および港区のマンション敷地内で、昏睡状態の若い男性が相次いで発見されました。警視庁は関連を調べています――』


店内のテレビがニュースを読み上げる。


氷室は耳を傾けた。


数秒。


静かに口を開く。


「……何かが、動き始めたな」


白鳥が顔を上げる。


「都市伝説の『オウム返し』ですね」


「ああ」


氷室は頷いた。


「怪異だ」


短い沈黙。


「また忙しくなりますね」


その声は、どこか弾んでいるように聴こえた。


「そうだな」


氷室はデスクの上のサングラスを引き寄せ、顔に掛けた。


社外では、主要取引先への挨拶回り。


社内では、新体制の立て直し。


そして裏では。


白鳥企画――旧言得洲企画に残る汚職の洗い出し。


証拠の保全。


不要な人員の整理。


さらに。


福止市へ現れ始めた怪異への対応。


「まずは、可能性を一つずつ潰そう」


氷室は立ち上がる。


半歩先を行く白鳥の革靴が、絨毯を踏みしめる音。


社長室の扉が開く。


廊下へと出ると、硬い床が足音を反響させる。


カツ、カツ、カツ。


壁から跳ね返ってくる残響。


その距離感だけで、氷室は自分の位置を完全に把握する。


迷いはない。


エレベーターの前で足を止める。


白鳥が操作盤へ指を伸ばす。


到着音。


扉が静かに開いた。


二人は乗り込む。


氷室は操作盤へ手を伸ばさない。


行き先は決まっている。


一階。


白鳥がボタンを押す。


扉が静かに閉まり、エレベーターはゆっくりと下降を始めた。


「社長」


白鳥が口を開く。


「一点だけ、懸念があります」


「ああ、何だ?」


氷室が頷いた。


その瞬間。


ふわりと重力が揺れる。


予想より早く、エレベーターが止まった。


到着音。


扉が静かに開く。


「……あ」


控えめな声。


氷室はその声だけで分かった。


「伊藤か」


「はい……」


「時短勤務だったな」


「すいません、お先に失礼します」


伊藤はそれ以上、何も話さなかった。


エレベーターへ乗り込む。


白鳥が閉まるボタンを押す。


扉がゆっくり閉じ始めた。


「――連続切り裂き魔です」


白鳥の声が、狭い密室に響いた。


「ああ」


氷室は静かに答える。


「それがどうした」


「一件目の現場は、この会社からそう遠くありません」


白鳥の声は変わらない。


「近くに潜んでいる可能性があります」


エレベーターが降下を始める。


「倉持に任せればいい」


氷室は短く言った。


「倉持さんなら捕まえるでしょう。一週間も、かからないかと」


一瞬の沈黙。


衣類が擦れる、微かな音。


目の前、伊藤の背中を眺める。


(……社員は暫く、残業禁止にするか)


明るいうちに帰宅させたい。


氷室は決めた。


やがて。


エレベーターが静かに止まった。


扉が開く。


「分かってる、用心するさ」


伊藤の気配へと顔を向けた。


「伊藤」


伊藤は、こちらを向かない。


「気を付けて帰れよ、物騒だ」


「……はい」


短い返事。


一礼。


逃げるように遠ざかる、伊藤の足音。


カツ、コツ、と床を叩くリズム。


妙に歪んでいる。


いつもより歩幅が狭い。


右の踵だけが微かに床を引きずっていた。


何かに怯えているような音だ。


やがて表通りの雑踏の中へと溶ける。


消えた。


「白鳥。当面、社員の残業を禁止したい」


「……はい」


「明るいうちに――」


言いかけて、氷室は言葉を打切った。


隣に立つ白鳥の気配。


呼吸を潜めている。


ただ一点をじっと凝視している。


「……どうした?」


氷室が低く尋ねる。


遠ざかる伊藤の背中があった方向。


そこをを見据えたまま、動かない。


「いえ」


白鳥はいつも通りの、抑揚のない声。


「少し、伊藤が気になっただけです」

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