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大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第七章 怪異騒乱編

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隠し事


「……失礼します」


営業の伊藤が部屋へ入ってきた。


「かけてくれ」


「は、はい」


椅子を引く音。


浅い呼吸。


座るまでに、ほんの一拍だけ間があった。


「氷室社長……」


硬くなった声だった。


氷室は静かに顔を向ける。


因果の線が、男の輪郭を縁取る。


その横へ、文字列が浮かぶ。




伊藤 博志(27) 余命:22年 倫理:低 幸福:無




(……これは、何だ)


先月は、二十九年だった。


一か月で、七年も縮んでいる。


「す、すいません」


伊藤が頭を下げる。


「妻の件で、ご迷惑を――」


「奥さんのことだけを考えろ」


氷室は言葉を遮った。


「制度は全部使え」


部屋が静かになる。


「……仕事のことは、後でいい」


伊藤は顔を上げる。


何か言おうとして。


言葉が出ない。


「なあ、伊藤」


話しかける。


「覚えてるか、領収書」


笑顔を、思い出そうとする。


「いつも丸まったまま持って来るだろ」


伊藤の肩が小さく震えた。


「……すみません」


反射のように頭を下げる。


「伸ばしてから渡してくれてたな。律儀な奴だと思ってた」


伊藤は何も答えない。


沈黙だけが落ちる。


「……社長」


白鳥が静かに声を挟む。


「……言いたいのは、お前は、人に優しく出来る人間だ」


しっかりと、伊藤の目を見ようとする。


「だから、遠慮するな」


「時短でも休職でも、使える制度は全部使え」


伊藤は俯いたまま、小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


その声は、震えていた。


部屋を静けさが包む。


(……妙だ)


氷室は首を傾げる。


感謝だけではない。


怯え。


罪悪感。


そして――。


何かを隠している音がした。


氷室は、伊藤の心を知ろうとした。


「どうした?」


伊藤は俯いたまま、小さく首を振る。


「……いえ」


声が詰まる。


「ありがとうございます」


一度息を吸う。


「本当に……私なんかのために」


両手は膝の上で固く握られていた。


わずかに震えている。


「会社の皆さんにも、よくしていただいて……」


「何て言えばいいのか……」


言葉が続かない。


白鳥が静かに口を開いた。


「給与も、人事評価も心配しなくて結構です」


「会社は、これまでのあなたの働きを正当に評価しています」


「今は、ご家族を優先してください」


伊藤はゆっくり頷いた。


「……はい」


「面談は以上です。今日は早めに帰ってください」


「ありがとうございます」


椅子が引かれる。


足音が遠ざかる。


静かに扉が閉まった。


それでも。


伊藤の因果だけは、扉の向こう側まで伸びている。


無数の因果が交差していても、氷室には見失えない。


「……心を閉ざしていますね」


白鳥がぽつりと呟く。


「む。」


氷室は首を傾げた。


「やはり奥さんの件か」


白鳥はすぐには答えなかった。


少しだけ考えているようだ。


「社長には、どう映りましたか」


と尋ねた。


「輪郭で分かる」


氷室は静かに答える。


「恐らく悲しい顔をしていた。……奥さんのことで頭がいっぱいなのだと、推測している」


白鳥は小さく息を吐く。


「私は少し違う印象でした」


氷室は黙って耳を傾けた。


「一度も、こちらを見ませんでした」


白鳥の声が、低くなる。


「返事はします。ですが、自分から何かを話そうとはしない。――何かを隠しているように見えました」


「隠し事か」


氷室は腕を組む。


「何だと思う」


「分かりません」


白鳥は首を振る。


「以前、私が上司だった頃。酒癖だけは、何度か注意しました」


伊藤の酒の匂いを思い出す。


「……もっとも」


白鳥は資料を閉じた。


「今は詮索すべきではありません」


「ああ、今は、仕事くらいは忘れさせてあげたい」


短く答える。


伊藤の因果は、まだ扉の向こうで揺れていた。


それでも氷室は、その先を覗こうとはしない。


社員を信じること。


それが、自分の役目だと思っていた。


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