白鳥企画
福止屋。
『――福止市内で発生している連続傷害事件で、昨夜、新たに四人目の被害者が発見されました。警察は同一犯による犯行とみて、捜査本部を設置し、行方を追っています』
氷室は耳を傾けた。
右耳のイヤホンでは、新部門のロードマップが三倍速で流れている。
指先でタブレットを二度叩く。
音声が止まった。
「……物騒だな」
ニュースが終わる。
氷室はイヤホンを付け直す。
指先を軽く滑らせる。
『旧・言得洲企画 中期事業計画――』
機械音声が淡々と読み上げる。
言得洲悠玄は死んだ。
だが、会社は死ななかった。
想定外だったのは、常務の江藤だった。
怪異たちは江藤を悪とは見なさなかった。
生存した。
その隙を、白鳥は逃さなかった。
言得洲悠玄が死亡した翌日。
江藤を味方へ引き入れ、その日のうちに動いた。
相続人たちが遺産へ群がるより早く。
全て先回り。
臨時株主総会を開いた。
役員を改選した。
そのまま、法務局への登記申請まで終えた。
容赦のない、四時間の電撃戦。
その頃。
言得洲家では、一族が集まり始めていた。
やがて、誰が跡を継ぐかで骨肉の争いが始まった。
江藤から届く報告は、毎日のように揉め事ばかりだった。
そして。
ようやく次期当主が決まった頃に、一族はついに状況を理解した。
全て、終わっていた。
余りに、遅すぎた。
登記簿の代表者は、江藤。
創業三百年。
言得洲家と築き上げた協力関係は、静かに幕を閉じた。
代わりに始まったのは。
白鳥と江藤。
新しい協力関係だった。
「……全部、乗っ取ったのか」
「はい」
無機質な返事。
『――事業計画 第六章』
音声が続きを読み始める。
氷室は再び停止した。
小さく息を吐く。
「……聞けば聞くほど、あの一族らしい」
地上げ。
利権の切り崩し。
競合の排除。
法には触れない。
だが。
どれも、紙一枚隔てた向こう側には悪意が透けて見える。
「合法の顔をしてる」
氷室は静かに呟いた。
「汚い仕事ばかりだな」
タブレットを机に置く。
同じような内容の繰り返しだ。
「それで、新会社の名前が『白鳥企画』か」
全部、持って行った。
思わず、小さく笑ってしまった。
「ずいぶん思い切ったな」
「言得洲の看板に価値はありませんので」
氷室は静かに頷く。
その声の位置へ顔を向ける。
視界のない世界。
それでも。
因果の線と無数の文字列だけは、白鳥の輪郭を鮮やかに描き出していた。
絡み合う因果は、以前とは比べものにならないほど太く、重い。
「ですが」
白鳥は少しだけ声を落とす。
「本当に危うい立場なのは、江藤です。表に立つのは、あの人。私は裏にいます」
一瞬の間。
「いつ背中を刺されても、おかしくありません」
ヒリ付く交渉の席。
白鳥が一番好きな状況。
(……笑っているだろ、白鳥)
「だからこそ、白鳥は前へ出ない」
「はい」
白鳥は迷いなく答える。
「私の仕事は、勝つことですから」
部屋へ静寂が落ちる。
――コンコン。
控えめなノック。
「社長、お時間です」
「ああ」
白鳥が短く返す。
ドアがゆっくり開く。
入ってきた人物は、どこか緊張した足取りだった。
革靴が床を踏む音。
呼吸。
衣擦れ。
氷室はその音へ、ゆっくり顔を向ける。
「失礼します」
営業部。
伊藤博志だった。




