↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大型案件の決済種別は『一家心中』――死んでも止まらない派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第六章 件の約束編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/83

赤子


伊藤は息を呑んだ。


青白い腕。


皮膚を縫い合わせたような継ぎ目。


細長い首。


背中には、不格好な翼が生えている。


まるで。


誰かが、大きな鳥を見よう見まねで人間に作り替えたようだった。


――チョッ。


ンッ。


チョッ。


足音とも羽音ともつかない音を立てながら、ゆっくり近づいてくる。


その瞬間。


足元の影が揺れる。


件が、静かに姿を現した。


その顔からは、余裕が消えている。


『……やめておけ』


件は低く言った。


『酒にも負けず、正気も失わず、娘を愛した』


青白い継ぎ接ぎに向き直る。


『立派な父親のまま、人を切り裂いた』


老人は肩をすくめる。


『見事な予言だった。……と言いたいところだったが』


伊藤は一歩下がる。


「何なんだ、あいつは」


『解らん、あれは新参者だ』


件は即答した。


『何を考えているのか、私にも読めない』


次の瞬間。


怪物の翼が音もなく伸びる。


『離れるぞ』


件が駆け出した。


その背中を追う。


角を曲がる。


その瞬間。


『ヒ……』


真後ろから聞こえる。


『ヒ……、博志さん、どこ』


「――ッ!」


怪物が四肢を歪ませ、一気に距離を詰めてくる。


『――まだ予言は出来ない』


件の、感情の無い声。


伊藤は大きく息を吐く。


娘の笑顔を思い浮かべる。


走る。


『赤子だ』


止まらない。


やがて大通りへ飛び出した。


『何をしているか』


人混みへ紛れ込む。


『自分でもまだ分からないのだ』


件の皺だらけの顔を見る。


(……逃げ切った)


それでも。


背中には、まだ誰かの視線が張り付いていた。


肩で息をする。


胸が焼けるように熱い。


汗を含んだシャツが、肌に張り付く。


路地を抜けた鳥の異形は、きょろきょろと首を動かし、行き交う人々を眺めていた。


誰も足を止めない。


誰一人、あれを見ていない。


「……見えてないのか」


『そうだ』


鳥の異形は、ふらふらと歩き出した。


向かった先には、言い争う若い男女。


「だから友達だって言ってるじゃん」


「だったら見せてよ」


「はぁ?」


「なんで今、画面伏せたの?」


「……マジでめんどくせぇ」


「そういうとこ!」


鳥の異形が立ち止まる。


首が傾く。


『さ……』


長い首が、小刻みに震えた。


『める?』


胸の真ん中に、一本の裂け目が走る。


びり。


腹まで裂ける。


そこは全部が、口だった。


何重にも並んだ歯が、ゆっくり開いていく。


「なんでよ! 浮気じゃ――」


女の悲鳴が途中で消えた。


怪異の身体がぐるりと捻れる。


一瞬。


女の姿が、その巨大な口へ吸い込まれた。


静寂。


異形は首を傾げる。


喉が、ごくりと鳴った。


そして。


ゆっくりと、口が開く。


女が地面へ吐き出された。


怪異は女を見下ろす。


『うわき』


『じゃん』


「え……?」


男が振り向いた。


見えていない。


興味深そうに覗き込む、怪異のくちばし。


「……あ、お、おい!」


男が女に駆け寄った。


肩を揺する。


女はゆっくり顔を上げる。


その目には、何も映っていなかった。


男の悲鳴が、大通りに響き渡る。


人々が、一斉に振り返る。


伊藤は動けなかった。


異形が、不思議そうに首を傾げている。


『さめる』


ぽつり、と呟いた。


伊藤は息を整えながら問う。


「何が起きた」


『食事だろう』


件は吐き出された女を見つめたまま答える。


『……怒りか、嫉妬か。あるいは、人の感情そのものか』


老人は小さく肩をすくめる。


『私にも、分からん』


伊藤は怪物を見つめる。


「言葉を……真似してるのか」


件は頷く。


(……言葉? 真似? ――おい、嘘だろ)


呼吸が止まる。


最初。


あいつは。


『博志』


と言っていた。


ぞわり、と背筋が粟立つ。


「……家だ」


伊藤は走り出した。


件は何も言わない。


ただ影へ溶けるように姿を消し、その後を追った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。