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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第五章 自業自得編

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境界線


11時11分。


倉持と陣内は、車内で途方に暮れていた。


「……こんなこと、あるか」


令状は、届かなかった。


手続きは、すべて完了していた。


因果が、目の前でねじ曲がっていた。


搬送者――井上と綾瀬が、煙のように失踪した。


陣内の奥歯が、みしりと音を立てて軋む。


拭いきれない、屈辱。


倉持が、静かに振り返る。


カチリ。


ライターが小さな火を灯す。


立ち上る紫煙。


肺胞を焼く煙。


己のキャリアの終わりを告げる煙を、肺胞の奥まで深く、深く吸い込んだ。


「……いや、もういい。なあ、陣内。また二人で、あの頃みたいに馬鹿やろうぜ」


ガシリ、と。


倉持の強固な五指が、陣内の肩を強く掴んだ。


静かに頷く、相棒の巨躯。


倉持が無線を掴み、吼えた。


『令状は出た。――ガサ入れだッ!!!』


後戻りのきかない、大嘘の号令。


11時13分。


突入。


14名の重い靴音が、一斉に敷地内へと踏み入れた。


完全な違法。


中に死体が転がっている以上、引けない。


「――行けッ! 行けッ!」


だが。


世界が、凍りついた。


先頭を走っていた警官たちが、糸の切れた人形のように、次々とその場に崩れ落ちる。


その手が、機械的にホルスターへ。


冷たい鉄塊――拳銃が引き抜かれる。


全員が無言。


全員が無表情。


ただ、自らの銃口を喉元へ押し付ける。


不可避の悪意が、彼らに死を強制執行させている。


『氷室、自殺を止めてくれ――ッ!!!』


倉持の、決死の怒号が氷室の耳に焼き付いた。




◇ ◇ ◇




白鳥の会話を聞き取る。


『橋本。貧乏神が暴れています。妨害して下さい、警察を自殺させないで』


その背後には、貧乏神。


氷室を覗きながら、僅かに漏れる音を拾っている。


だが、それ以上の反応はしない。


(……妨害はしてくるが、積極的では無いな)


言得洲は、再生された300人分の殺人と寿命延長に関するスライドに、釘付けになっていた。


「なるほど、この試算は素晴らしいです。寿命の延長には強い興味があります」


言得洲が満足そうに膝を叩く音。


無線イヤホンから、呑気な声が這い出る。


『ババア~、やってま~す。でもユイ、そいつ絶対やばいよ。DV男だね~、キモッ』


『社長、あと5分で常務に来客が来ます』


大柄な男の死体は、あまりにも重かった。


クローゼットへ必死に引き摺った絨毯には、赤黒い擦過痕が残った。


完全に隠しきる前に部屋に入ってきた秘書。


すべてを見られた。


短い悲鳴を上げたその秘書の口を、背後から全力で抑え込みながら、白鳥が答えた。


運命の分かれ道。


勝利の切札、役員の端末は、ない。


ガサ入れも妨害された。


(……なら、こちらも滅茶苦茶にしてやるだけだ)


思考の切り替え。


時間稼ぎは無駄。


氷室は、机を叩いた。


「……どうしました?」


「やめましょう、言得洲社長」


氷室は真っ直ぐに向き直る。


「座敷童を、差し上げます」


言得洲の瞳が、不気味に広がる。


「私と、婚約していただきたい」


「おいおいッ!? ハハハッ! 俺にくれるのか? 座敷童をッ!? 待て待て、氷室ッ! お前、最高か!?」


巨躯が立ち上がり、氷室の隣へ。


「見直したよ、氷室」


力づくで引き寄せられる肩。


自由を奪われる、顎の感触。


男の生々しい体温。


「最高のプレゼンだ。続けろ」




◇ ◇ ◇




倉持と陣内は、その異常な光景に言葉を失った。


同僚だったはずの警官たちが転がり、のたうち回る。


チャキ、と硬質な音が響く。


一人の警官が、自身のこめかみに銃口を突きつけた。

引き金に指が懸かる。


(――自殺する!)


そう思った直後。


警官の腕が、ギチギチと嫌な音を立てて逆方向に折れ曲がった。


白目を剥き、口からボタボタと泡を垂らしながら、隣の同僚へ銃口を向け直す。


抗う意志。


それを塗りつぶす、悍ましき二重の呪い。


引き金が引かれる寸前、今度は別の呪縛が腕を弾き、再び銃口を自分の頭へと突き戻した。


ぐるぐると、延々と。


自殺と他殺の境界線で、壊れた玩具のように狂い踊っている。



「おいッ! しっかりしろ――!」


陣内の叫びは、虚空に消えた。


彼らの瞳には、もう光など残っていない。


「倉持さん……! 私達だけで行きましょう!」


服の袖を、陣内が強く引っ張る。


その手は、小刻みに震えていた。


「――ッ! わかった、行くぞ!」


弾かれたように、二人は地獄の光景を置き去りにして駆け出した。


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