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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第五章 自業自得編

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強制執行


ソファの上で言得洲の腕に包まれる、氷室。


氷室は冷たく言葉を放った。


「条件が、二つ」


「言え」


「隠し事は無し。お互いの怪異の力を説明する」


言得洲の、満足げな捕食者の吐息。


(――ここに全賭けだ。間違うなよ、私)


「まずは私から。座敷童は――」


顎を握り潰さんばかりの力。


「そんなの『知ってる』からいい。教えてやる。貧乏神はな、憑りつく家の家族が脅かされたとき、その原因を作った人間を勝手に自殺させる。――何も言えずに死ぬ、『言えず死』だ」


吐き捨てられる言葉。


氷室は、冷徹にその言葉を受け止める。


「命令すれば即座に殺せる。不幸の泥が溜まるから、定期的な『幸福』で帳消しが必要だがな」


(お前、少女みたいに無防備だな。――さあ、考えろ)


その瞬間。


氷室の肉体に伝わるすべての感覚が、スローモーションのように奇妙に引き延ばされていく。


世界が、止まる。


反対に、脳髄を焼き切るほどの異常な集中。


浮かび上がるのは、目の前に居る男の『殺し方』。


バチッ、バチリ、と。


視神経の裏側で火花が散り、殺人の最適解が次々と引き摺り出されていく。


あまりの処理速度に、意識の輪郭すら遠のいていく。


「……もう一つの条件だ」


脳内がどれほど狂気に染まっていようとも、唇から漏れる声はどこまでも冷たい。


「ああ、何でも叶えてやる。言え」


暗闇の向こうで、男が歪んだ笑みを浮かべた気がした。


この一瞬。


絶対の油断を見せた、その致命的な隙。


そこへ、氷室は一切の躊躇なく、冷徹な論理の刃を突き付ける。


「福止家に入り、福止を継いで欲しい」


乱暴に掴まれる胸倉。


「氷室!! お前、いい女だな。……俺が守ってやりたくなった、オイッ!! そうだッ! 全部、俺に寄こせッ!! いいなッ!?」


耳元で咆哮する、男の汚い声。


「……いま、この場で誓えるのか?」


氷室の声は、微塵も揺らがない。


「勿論だ、俺を信じろ、誓う」


勝利を確信した男の言葉が、静寂に響く。


光を失った死んだ眼が、男の視線を真っ直ぐに受け止める。


「……はい」


承認。


言得洲――福止悠玄は、下卑た笑みをあげた。


氷室の瞳が映した真実。




福止 悠玄(37)余命 40年




「もう私にだけは、暴力をしないで欲しい」


押し付けられた言得洲の頬から伝わる、愉悦の笑顔。


「ああ、しないよ。信じてくれ」


「わかりました」


近寄る、男の生々しい気配。


(倉持。信じたぞ、……早く来てくれ)


強固な腕で、無力な身体が弄ばれ始める。


その瞬間。


叩き割られる扉。


踏み込む、二人の刑事。


「あ? なんだ、お前等?」


「おやおやァ? 拳に血を付けた男と、着衣に乱れのある婦女子ですかな? こりゃあ、今まさに暴行が始まりそうだ?」


氷室を突き飛ばすと、言得洲が立ち上がる。


「オイ、何だ、おめえ? ふざけてんのか……?」


ギプスをぶら下げた倉持に迫る。


「警察を舐めるなよ」


その間に割って入る、圧倒的な質量。


陣内――身長196センチメートルの巨躯。


言得洲と陣内、同じ高さで目線がぶつかる。


「アハハハハッ! お前、遅いな? 言得洲」


その空気を引き裂いた、氷室の声。


振り向く言得洲の顔は、真っ赤に染まっていた。


女に嘲笑されること。


それが、この男を最も激昂させる。


「まだ気付かないのか? お前は、ハメられたんだよ愚図」


服装の乱れを静かに直す氷室。


その顔面へ向けて、言得洲の大きな拳が放たれる。


だが、それをがっしりと捕まえる、陣内の太い腕。


ギチギチと巨躯同士が腕を抑え合う。


「ああ、……お前、乙女か? アッハハハ! 本気で婿入りするとはな、すまん、笑いが止まらない」


止まらない嘲笑。


言得洲が再び振り向いた、その隙。


ずれた巨躯の重心を、陣内が一気に担ぎ上げると、そのまま地面に叩き落とした。


氷室の足元を震わせる凄まじい衝撃。


「ッグ、痛ぇなあッ! お前えよオオ――ッ!!」


氷室は振り向く。


「……なあ、貧乏神。もう怖がるな。選べ、言得洲家の『脅威』は、誰だ?」


僅かに、あの長い髪が揺れた。


「貧乏神ッ! ふざけんなテメエ! また朝まで徹底的にやるぞコラアアッ!」


氷室は、貧乏神の手を取った。


(ああ……、震えてる。やはり、元からこうでは無いんだ)


氷室は気付いていた。


昨日、言得洲に殴られたあと。


わざと言得洲の邪魔な位置に立ち、怒りの矛先から氷室を守ろうとしていた。


「家を守りたいんだろ? 大丈夫だ、さあ、選べ」


貧乏神が、ゆっくりと、顔を上げた。




【誅殺名簿】


――言得洲家に仇なす者を殺す。


真名

日無牢 結異(24)(不可)座敷童に守られている

福止 悠玄 (37)

倉持 剛  (48)(不可)日無牢が改竄した

陣内 勝  (42)(不可)日無牢が改竄した




貧乏神が、ゆっくりと歩み始める。


その足取りは、見る者の生気を吸い上げていく。


「あ? お前……? おい、助けろよ!!」


言得洲が、陣内の手を振り払い、拳を突き出した。


貧乏神がビクッと震える。


だが。


狙いは無残に逸れ、拳は頑強なコンクリートの壁へと激突する。


ベキィ、と嫌な生音が室内に響いた。


「痛で、え、待て待て、冗談――ッ」


悲鳴は続かない。


あり得ない方向に折れ曲がった自らの右腕が、まるで蛇のように、己の首を締め上げ始めた。


じわり、と陣内が一歩退く。


その目は冷たく据わっていた。


刑事は、目の前の惨状に介入しない。


「綺麗な終わりは許さない。足りないぞ、言得洲――」


氷室が、耳元の通話口に冷酷な声を落とした。


「座敷童。言得洲悠玄を『福止め死』」


『はあ~い』


受話器の向こうから、無邪気な死神の声が響く。


その瞬間、部屋の空気がねじれた。


運悪く、火花が散り、天井の蛍光灯が破裂する。


降り注ぐ、鋭利なガラスの豪雨。


「ガ、ハッ……!」


激しい苦痛の中、酸素を求めて言得洲が大きく喉を開いた。


偶然、ガラス片が、一つも漏れることなく、肺の奥に吸い込まれる。


「ガッ!? ゲホッ、……グ、ッア、あ――ッ!!」


内側から肺をズタズタに切り裂かれ、のたうち回る。


「みんな、真面目に生きようとしていた」



喉を鳴らす男の頭を、氷室のヒールが無慈悲に踏みにじった。


床の血溜まりに擦り付けられる顔面。


「が、あ、ァ……、テメェ……!」


氷室の足を払いのけ、立ち上がろうともがく手足が、たまたま窓の錠前を弾き飛ばす。


「貧乏神。言得洲悠玄を『言えず死』」


貧乏神が、僅かに揺らいだ。


幸運と不運の強制執行。


開いた窓、吹き込む風。


再び自分の首を絞めようとした両腕の反動で、奇しくも、窓に吸い込まれる。


「た、すけ、ろ、……び、おうが――」


「忙しいな。自殺か他殺か、地面までに決めろ」


数秒の静寂。


そして、遥か階下から、肉の爆ぜる重い音が届いた。


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