会社持ち
白鳥は、一つずつリストを潰していく。
言得洲企画、役員一覧。
「裏垢を暴きなさい。誰でもいい。喉元を抉る情報を」
「ババア~。ぼくは本当は死ず子の命令しか――あ、やります、やらせてくださいぃ」
ポケットへ沈みかけた白鳥の指先。
橋本の脂ぎった指が、マウスに這った。
グリッ、グリッ。
デジタルタトゥー。
汚職、愛人。
莫大な裏金ルート。
素人が垂れ流す情報、それを根こそぎ引き摺り出し、容赦なく暴き立てる。
白鳥は一瞥すると、その役員へダイレクトメッセージを送りつけた。
『トップとは別に、横のパイプも持っておきませんか』
すぐさま届く、飢えたような回答。
『是非、興味があります』
実務レイヤーにおける、当然の合意。
苛烈極まる言得洲に、頭を抱えない役員はいないはずだ。
白鳥の瞳は、その亀裂を切り崩そうとしていた。
「毎週水曜日。自宅マンション。密会してま~す」
「仕事は出来るのね。今日ね、わかりました」
カチカチッ。
せり出す、カッターナイフの刃。
ゴクリ。
橋本が息を呑み、目を見開く。
白鳥は、容赦なくそれを突き立てた。
引き裂かれる、乾いた音。
開かれたのは、段ボール。
中身は、大量のポテトチップス。
塩分の低いタイプ。
「ババア~~! わかってるぅ~~!」
橋本が両手を掲げた。
「明日、また来ます。従順であれば、毎日一箱ずつ貰えます。理解しましたか?」
怪異は首をぶんぶんと、縦に振った。
すぐさま菓子袋を一つ、掴み取る。
パンッ。
ボリッ、ボリッ。
SNSの裏垢。
グリッ、グリッ。
画像解析。
白鳥は集中し始めた橋本を見届けると、静かに、その部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
とある女性の自宅マンション前。
夜の路上。
白鳥は社用車の中で、じっと息を殺していた。
助手席の氷室を、横目で一瞥する。
病院で手当てを受けたばかりの、痛々しい包帯の跡。
「気にするな。明日になれば、すべて終わる」
氷室の低い声。
その瞳の奥の殺意は1ミリも衰えていない。
「はい」
短く答え、白鳥はスマートフォンを強く握りしめた。
液晶の光が、二人の巻いた包帯を白く照らし出す。
フロントガラスの向こう。
街灯の届かない暗闇の奥から現れる、二つの人影。
――獲物が、来た。
男が女の腰を抱き寄せ、エントランスの自動ドアへと消えていく。
その一連の様子を、白鳥はスマートフォンのレンズ越しに、全て動画に収めた。
もう、この場所に用はない。
「自宅まで送ります」
「ああ、いつも済まないな。助かるよ」
「いえ、お気になさらないで下さい」
エンジンをかける。
夜の路上に、低く唸る駆動音。
「なあ、白鳥」
「はい」
「もし、明日、私が言得洲に敗れた時は、座敷童を――」
――キィィィィッ!!!
突如、激しいタイヤの悲鳴。
前のめりになる肉体。
強烈な急ブレーキが、車内を揺らした。
「絶対に、私が貴女を勝たせます」
包帯の巻かれた手でハンドルを強く握り締める。
白鳥は氷室の眼を、真っ直ぐに見つめた。
「……ああ、すまない。余計な事を言った」
氷室は気圧されたように、小さく息を吐く。
後ろの車から、静寂を切り裂くクラクション。
白鳥は感情を消した顔に戻る。
再び、静かにアクセルを踏み込んだ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
重苦しい社長室。
氷室、白鳥、橋本、倉持の4人がテーブルを囲んでいる。
「みんな、間に合わせてくれて助かった。あの男は、これ以上、引っ張れない」
氷室の左頬を覆う、生々しい医療用包帯。
大男に踏みにじられた傷は、まだ癒えていない。
「白鳥。10時30分からの会議で、まず役員の端末を押収する。30分以内だ」
「はい」
「座敷童。11時から定例会議が始まる。役員の端末を社外から操作して、機密情報を根こそぎ抜き取れ」
ボリ、ボリ。
低塩分のポテトチップスを口に放り込む。
「はあ~い」
橋本はいつも通り、気の抜けた声で答えた。
「倉持。11時10分頃にガサ入れを頼む。それまで言得洲は私が張り付けにする。警察で回収してくれ」
「ああ、任せときな」
倉持は吊るされた左腕のギプスに、手錠をコツンと当てて、おどけて見せた。
だが、その瞳の奥には、やり返しに来た本物の刑事の鋭さが宿っている。
「以上が作戦の基本だ。だが、間違いなく言得洲側の妨害が入る。あとは状況に応じて、各自判断してくれ」
全員が深く頷いた。
肌を刺すような沈黙の中、全員が理解している。
貧乏神という、未知なる歪な変数を。
氷室は無線式のイヤホンを装着した。
「常時繋いでいる、返事は、なんとか文字でする」
そう伝えると、つい癖で時計へ目をやろうとする。
「社長、9時43分です」
白鳥がすかさず告げる。
「始めよう。……ああ、そうだ。終わったら、今夜はみんなで豪華にやろう。倉持達の退院祝いもある、会社持ちでな」
白鳥が驚いた表情を見せた。
命を削る計算しかしてこなかった氷室。
だが、初めて「その先の生存」を口にしていた。




