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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第五章 自業自得編

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帰るさ


高い位置から、声が降り注いだ。


「……協力を示せよな、氷室。静子のこと、黙っててやってるだろ? お前、次の案件は最低100人分を受注しろよ? ――おい、聞いてんのか!?」


視界は、最初からただの漆黒だ。


ただ、圧倒的な暴力の残響だけが、耳鳴りとなって脳を揺らしている。


まだ動けない。


(……もう、裏切ったのか、座敷童)


ドスッ、と。


みぞおちに、硬く重い塊がめり込んだ。


言得洲の、岩のような足が、床に這いつくばる氷室の腹を踏みにじる。


「……ッ、」


「ビジネスパートナーです。一緒に協働していきましょう、氷室社長」


靴底に体重をかける。


じりじりと肉をすり潰しながら、男はまたビジネスの声音に戻る。


「私も数年前に父から事業を承継した身ですから、その「重さ」はよく分かります。お互い、背負った看板に潰されないように、一緒に頑張りましょう」


氷室の口から、苦い胃液が溢れた。


男はその反応に満足したように笑うと、氷室の髪を乱暴に掴み、顔を持ち上げる。


「――おめえの社員、殺すぞ?」


ゾクッと、氷室の背筋に冷水が走る。


身体が勝手に跳ねた。


「氷室。お前、本当に、座敷童を使えてるのか?」


髪を掴まれたまま、揺さぶられる。


頭皮が引き千切れそうになるほどの激痛。


「聞いてんのかッ!!?」


鼓膜を破らんばかりの怒声。


遠のきかけていた意識が、強制的に引き戻される。


「ああ、……はい」


ポタポタと、唇を伝った熱い液体が床に落ちる音がした。


血の味がする。


その音を聞いて、ようやく、髪の拘束が解かれた。


どさり。


遠ざかっていく、大きな足音。


珈琲を啜る音が響いた。


「……そうですね、次回の発注は、御社の300周年記念を祝いまして、300人の発注でお願いしたいと思います」


始めて対面した時と変わらない。


極めて友好的な、穏やかな声。


「おい、断らねえよな? 氷室」




◇ ◇ ◇



『本日は、白鳥さんは不在ですかな?』


リアルタイムで盗撮されている言得洲との会議。


白鳥は手当てした右手を忌々しく握りしめ、画面を見つめる。


――もし橋本が裏切ったら、やれ。


その指示の通り、暗闇の中で橋本を監視する。


「ババア~、情報が出てきましたあ~」


「早くまとめなさい」


「うるさ~い、ババア~」


白鳥は言得洲企画の役員を洗っていた。


『おめえ、納期守れよコラアッ!!』


激しい破壊音。


急いで振り返る。


白鳥の目でも分かった。


橋本のおぼろげな光が消失していた。


それは氷室を守る光、裏切りの証。


「白鳥さま~、次は何を調べましょうかあ~」


うすら笑う怪異。


白鳥は飛び跳ねるように席を立つ。


カチッ。


鉄が鳴る。


「ヒ、ヒエッ、そ、そのカッターは……ダメッ」


カチカチッ。


せり出す、無慈悲な銀色。


喉元の皮膚に、冷たさが食い込む。


「今すぐ氷室様を守れ」


「痛いの嫌ッ、わ、かったやめて、それ、それ嫌ッ!!」


『――おめえの社員、殺すぞ?』


「……私には、これしかできない」


白鳥の震える右手が、カッターを強く握りしめた。


親指の包帯に、じわりと赤い血のしみが浮かんだ。


二度と裏切らせないための、恐怖の刷り込み。


ガチガチと狂ったように揺れる刃先が、湿った耳輪を這う。


「ごべ、ごべんなざッ――ひ、う、あ」


カチッ、カチィッ……


「ヒッ、ヒィアッ……」


金属の悲鳴が、脳髄に直接縫い付けられる。


カチッ、カチチチチチチチチィッ!!


「うわ、あああああああああッ!!」


もう、とっくに光は戻っている。


「氷室様を守れ」


「はひぃいイイッ!! もッ、もう、やってますよおぉッ!!」


白鳥は、画面に向かい、猛烈な歯軋りをしていた。


画面の向こう側。


圧倒的な体躯を持った大男が、床に倒れた華奢な女性を、踏み潰しながら笑っている。


白鳥は微動だにせず、ただその地獄を網膜に焼き付けていく。


右手の拳が、骨の鳴るほど固く握り締められている。


握り潰された傷口から、溢れた鮮血が指を伝う。


ポタ、ポタポタ。


床には、静かに血溜まりが出来ていた。




◇ ◇ ◇




零れ落ちる、珈琲。


血で床を汚す、息の粗い氷室。


溢れた珈琲が、あり得ない軌道で跳ね、カップへと吸い込まれた。


「……なるほど。本当に不安定だな」


冷徹な手が、氷室の身体を椅子へ押し込む。


「状況は理解しました。明日のミーティングで、対策を協議していきましょう」


そう言うながら、退室を促す。


「おい、退けよ、貧乏神。邪魔だ」


沈黙。


言得洲の拳が、怪異の肉を殴り抜く。


壁への激突。


だが、怪異は音もなく、無造作に立ち上がる。


「あああ~ッ、おめえ、本当にッ、イラつかせるなああッ!!!」


苛立ちが爆発する。


鉄製のパイプ椅子が、容赦なく振り下ろされた。


激しい金属音。


「おい、帰れ、氷室」


(ああ、帰るさ)


「……失礼します」


氷室は一礼すると、部屋を出た。


背後で鳴り響く、執拗な破壊音。


ドアの外。


歯を鳴らし、激しく震える秘書。


氷室は一瞥もくれず、その横を通り過ぎた。



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