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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第四章 因果応報編

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最後の特異点


白鳥の、手のひらの体温だけを頼りに、進む。


浮遊感。


暗闇のどこかで、扉が無造作に開く音。


奥行きも、距離も分からない。


それでも、白鳥に引かれるまま、一歩ずつ、確実に進む。


(ああ、静子。お前の絶望に歪む表情が視えないことが、残念で仕方がないよ)


ぴたり、と白鳥の気配が止まった。


視えなくても、空気の密度の変化だけで分かる。


――社長室の前。


トン、トン、と木を叩く、小気味いいノックの音。


「失礼します」


何度も聞いた、白鳥の台詞。


声音は、普段と何も変わらない。


開かれる、社長室の扉。


静寂を刻む、硬質な音。


カタカタ、カタ。


規則的な、キーボードの打鍵音。


白鳥の手のひらに引かれて中に進むと、彼女の足が止まった。


「おい」


氷室の低い声。


ピタリ。


空間を埋めていた打鍵音が、完全に止まる。


「……氷室さん? ちょっと貴女、その目、大丈夫なの……?」


視界の潰れた向こうから、微かに動揺を孕んだ声。


氷室の口角が、ゆっくりと吊り上がっていく。


「お前は322年も生きて、何をしたい?」


張り詰めた声が、社長室を凍らせる。


すべてを悟った二人の間に、逃げ場のない緊迫した空気が満ちていった。


「……氷室結衣、お前か。こんな身近に居る派遣社員だとは思わなかったよ」


「答えろ静子。お前は何をしたいんだ?」


闇の向こうから、乾いた吐息が漏れた。


「どういう経緯で知ったのか……。まあいいわ。福止家の事は知っているのね? 氷室」


「ああ」


「私はね、ただ自由で居たいだけ。お前くらいの年齢の時から、ずっと変わらない。『死ず子』として使い捨てにされる人生なんて、あんまりだと思わないかい?」


「お前のその自由のために、人が死んでいるぞ」


暗闇の奥から、クスクスと小さく喉を鳴らす音が聞こえた。


「――そんなの、私の自由じゃない?」


カタカタ、カタ。


遮るように、キーボードを叩く冷たい音が戻る。


「ああ、静子。おかげで腹落ちしたよ」


タンッ。


何かを打ち終え、決定キーが鋭く弾かれた。


「それで、用件は何かね、氷室。早くしないと、運悪く頭でも打ってしまうよ」


勝ち誇ったような、静子の声が響く。


「――アハハハッ!!」


氷室の嘲笑が、暗黒の社長室を震わせた。


「……な、なにさ」


「静子、お前――遅いんだよ」


迷いは、一滴もない。


音のする方向へ、真っ直ぐに突き進む。


ドンッ、と重い衝撃。


社長の高級デスクに、膝が激しくぶつかった。


吐き出す息の先に、硬い液晶画面の気配。


両手で、それを力任せに払いのける。


腕が折れそうなほどの衝撃を無視して、プラスチックと硝子が派手に吹き飛んだ。


「座敷童は、もう殺したぞ」


「……えっ?」


「322年間、何をしてたんだ? 私はたった数週間で、もう、お前をここまで追い詰めたぞ?」


暗闇の向こうで、静子が息を呑む気配がした。


恐怖に狂ったように、ガタガタとキーボードを叩く音が鳴り響く。


身体の底から、嘲笑がせり上がった。


「アハハッ、……ああ、静子。もう、……時間だ」


ふらふらと、だが確実に、音が鳴る方向へ。


「ひっ、貴女、早く死になさいッ! 死にしなさいよッ!」


その悲鳴に反射するように角度を合わせる。


何度も障害物に身体をぶつけながら。


静子の声。


ただ、音がする方向へ肉迫していく。


――3。


――2。


――1。


――ドクンッ。


氷室の最後の心音が、脳裏に爆ぜた。




――███ 結█(24) 余命:0秒




「真面目に生きる人たちを、舐めるな」


ついに掴みとった静子の肉体へ、左手の全力を込める。


押し付けるのは、すべてが尽き果てた寿命。


「……ちょっと!? 離し……ぁ、あ、アッ……」


静子の悲鳴が、一瞬で掠れていく。


その若々しい皮膚がまたたく間に枯れ果てていく。


322年分の時間が、一瞬で彼女の肉体を蝕む。


床を這うのは、干からびた老婆の姿。


「……ひ、う、ろ……、おま、え……」


サラサラと、風化して、消えて行く。


静寂が訪れる。




【因果の執行】


――死亡:福止静子(322) 死因:寿命




氷室の左手が、軽くなった気がした。


それは、因果を狂わせる力の消滅。


支払う寿命は、もう尽きた。


だが、最後に、ほんの少しだけ。


左手の上に、陽炎のように揺らめく気配を感じる。


過去の自分だと、確信した。


まだ人間としての心を持っていた頃の、怯える氷室結衣が、暗闇の向こうに見えた気がした。


「ああ、辛いな。……だが、一人だけ、その運命から救える」


因果の、最後の特異点。


「選べ。間違うなよ」


過去の自分にそう伝えると、氷室は手探りで、社長椅子へと深く腰掛けた。


「白鳥、始めるぞ」


「はい」


白鳥にパスワードを伝える。


もう、視力は死んだ。


両手を見つめる。


文字だけが、虚空に浮かび上がっていた。




――█無█ 結█(福止め死ず子)(24) 余命:-1分23秒




「白鳥。取引先の言得洲が残っている、探せ」


「分りました」



第四章をお読みいただき、ありがとうございます。


『氷室は絶対に許しません。必ず、すべてに復讐します』


本作は結末までノンストップで駆け抜けます。


ぜひ画面下の【ポイント】や【いいね】を押して、最後まで見届けていただけると嬉しいです。


皆様の熱量(応援)次第で、氷室が結末の更に先、いくつものストーリーを駆け抜けていく未来が決まります。



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