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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第四章 因果応報編

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カッターナイフ


怪異が、氷室のすぐ脇を通り過ぎていく。


気配が遠ざかるのを待つ


氷室はスマートフォンを操作する。


『赤城、そっちに向かった。警備室に戻るのを見届けたら作戦終了だ。沢渡を連れて帰宅しろ。協力に感謝する』


即座に、赤城からの返信が跳ねる。


『了解』


氷室の表情が、綻んだ。


――画面を消した、その瞬間だった。


視界の右半分が、どろりとした漆黒に塗り潰された。

――右目が、完全に死んだ。


どれだけ瞬きをしても、もう何も映さない。


氷室は立ち上がる。


エレベーターのドアが閉まる音を確認し、静かに動き出す。


あとは、決着を付けるだけ。


指先の感覚だけでエレベーターのボタンを押す。


重量感のある金属ドアが、左右に開いた。


「一人で、やる気ですね」


「……ぁ」


完全に死に絶えた右側の暗闇から、白鳥の声が真っ直ぐに届いた。


「私も行きます。貴女の、目になります」


拒絶する理由は、なかった。


「……わかった。もう左目しか見えてない。すまない」


「はい」


覚悟を孕んだ短い返事。


突然、冷え切った右手を、温かい手のひらが包み込んだ。


(……助かる、白鳥)


二人の足音が、冷え切ったビルに小さく重なった。


右側の視界は、完全な虚無。


左目だけに見える白鳥の背中を、ただ信じて先へと進む。


薄暗い廊下の奥、警備室の重い扉が見えてきた。


鍵は、かかっていない。


白鳥がドアを押し開ける。


続くドアの先。


二階へと延びる、急な階段。


一歩、一歩、闇を確かめるように、踏み締めて上る。


最奥の扉。


開く。


氷室は、邪魔な眼鏡を暗闇へ投げ捨てた。


目の前に広がったのは、密閉された暗闇。


瞬間、残された左目の視界が、鋭利に覚醒する。


異様なサーバールーム。


無数の精密筐体がチカチカと明滅し、青白い光を不気味に放っている。


ゴォオオ、と唸るファンの音。


サーバーの排熱が、ねっとりと肌を触れる。


その、電子の光の底。


そこに怪異がいた。




――座敷童(橋本 悠陽)。




バタン。


扉が閉まる。


完全な密室。


濃厚な暗闇。


逃げ口は、完全に消失した。


「え、ユイ……? ユイだったの? 凄いよ。ぼくの力が通じない人間が居るんだね……。初めて見たよ」


油じみた声が、闇の奥底から這い出てくる。


乾いた音を立ててスナック菓子の袋が弾け、不快な摩擦音を立てて、獣のような影が四つん這いで這い寄ってくる。


「ねえ、ユイ~。僕と遊ぼうよぉ」


「消した人間を、元に戻せ」


凍りついた氷室の声。


電子の熱気を切り裂く。


「ええ、それはぼくでも無理だよ」


氷室は静かに、カッターナイフの刃をせり出した。


鼓膜を引っ掻くような、硬い金属音。


狙いは、左目が映す怪異の、その醜悪な喉元。


「あっ、やめたほうがいいよ! ユイ、危ないよ」


本当にこちらの身を案じる、純粋な橋本の声。


因果の歯車が、ガチリ、と音を立てて噛み合う。


「ユイ、ね? 転んで自分の首を切っちゃうよ。危ないよ、止めようよ! ぼくが守ってあげるからさ、遊んでよぉ~、ね? ね?」


身体が他人事のように、床へと引き寄せられる予感。


理不尽に刃物は手から滑り落ち、当然のように、自分の首に喰らい付く運命。


世界が、その確率ゼロの因果を強制執行しようとしている。


氷室の最後の左眼は、足元から這い上がる光る糸――殺意を持ったその光の束を捉えていた。


だが。


氷室の指先は、微塵も揺らがない。


お前の作った、クソみたいなルール。


そんなものは、勝手にやっていろ。


「死ね」


躊躇なく、カッターナイフを振り上げた。


「ユイ! だめだって! プライドが高いよ~ッ!」


――ザクッ、


迷いなく、刃を自分の喉元へ突き刺した。


皮膚を切り裂き、肉を貫く、確かな抵抗と手応え。


それを、何度も。


狂ったように、深く、突き立てる。


「ヒッ!? ヒィッ、ユ、ユイ!? なにしてるの、なに、して――」


視線だけは、怪異から1ミリも逸らさない。


――引き摺り落とす。


私の、底なしの不運へ。


ズタズタに開いた喉から、直接、冷たい空気が流れ込んでくる。


最後まで残っていた左目の光も、死んだ。


完全な、闇。


支えを失った肉体が、床へと崩れ落ちる。


頬に触れた、タイルカーペットの不快な感触。


それすらも、急速に遠のいていく。


「ユ、ユイ……? ぼくの、幸運じゃない……っ、ど、どうして、自分で……っ!」


「――10時15分。会社員の氷室結衣さんが刃物で刺されて亡くなりました」


白鳥が、淡々と観測した自殺現場を、世界に言い付けた。


――因果が、確定した。




発動。


氷室の口角が引き裂けるほど、吊り上がっていた。




【運命の改竄】


――どの運命を救う?


品目

█████


決済種別

████████


内訳

███ 結█(24) 余命:9分3秒 倫理:壊 幸福:壊

座敷童(1679) 余命:― 倫理:― 幸福:低



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