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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第四章 因果応報編

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即レス


翌朝。


身支度を終え、ドアを開ける。


玄関脇の観葉植物は、完全に黒く立ち枯れていた。


視界は泥のようにぼやけている。


世界の輪郭を記憶だけで補うしかない。


弁当屋の跡地を通り過ぎる。


「――頑張ってね」


女店主の声が、鼓膜を掠めた気がした。


殺し方は、いくらでも脳内で組み立てた。


倉持たちと手を組めば、より確実だったと思う。


――だが、もう肉体が持たない。


光を失いかけた両眼が告げている。


氷室の寿命は、今日、ここで尽きる。


いま、ここにいる不揃いな協力者たち。


それに、すべてを賭けるしかなかった。


会社のエントランスを抜け、庶務課の扉を開ける。


霞む視界の向こうに、4つの人影。


「氷室さん、みんなが、協力してくれました」


白鳥の声が、力強く響く。


「赤城です。今度は私と妻が、氷室さんを救う番です」


静かに拳を握りしめる気配がした。


「ああ、助かる」


氷室は、もう一つの震える影に向き直る。


「すまないな、ずっと無理ばかりお願いした」


声の主は、見えなくても分かる。


「先輩ッ、大丈夫、です……ッ!!」


遠藤が、涙を堪えるように声を震わせた。


「配置を伝えます」


白鳥のトーンが、戦場のそれに変わる。


「1階、エントランス。取引先の赤城さん。

 2階、庶務課フロア。遠藤さん。

 3階、私の担当フロア。

 4階、営業フロア。今日が最終出社日の沢渡さん。

 ――これで、ビル縦の網が完成します」


「ああ、完璧だ」


「情報システム部の……外見不明な『橋本悠陽』。奴が現れるポイントを、完全に包囲します。もし4人全員を擦り抜ければ、5階の役員フロアへ」


「それでいい。最上階で、私が直接引きずり出す」


5人のスマートフォンが、短い電子音を鳴らす。


世界の不条理を切り裂く、即席の包囲網チャットが起動する。


赤城が氷室へ歩み寄る。


「氷室さん。きちんとお礼ができていませんでした」


赤城の後ろで、寄り添うように控える細い影。


「いま、妻と幸せです。この恩を返したくて、私が白鳥さんに無理を言いました」


男の大きな影が、折れるように深く頭を下げる。


(……ああ、幸せか。それは本当に、良かった)


感情など、とうに失ったと思っていた。


――嬉しかった。


氷室は満足そうに、小さく頷いた。


その熱だけが、暗闇のなかで燃えている。


「10分後に始める」


氷室の声が、冷徹にフロアへ放たれた。


「絶対に油断するな。怪異の目を、こちらに向かせるなよ」


無言の肯き。


4つの影が、それぞれの死線へ向けて、一斉に霧散した。




営業フロア。


網膜はすでに死んでいる。


だが、身体が、椅子の配置も、動線もすべて記憶していた。


平静を装う。


シュレッダーの前。


ゴミ袋を引き抜く。


「あー、ごめん。派遣さん。またこれ頼める?」


伊藤の声。


「はい。大丈夫です」


顔は見えない。


ただの声の塊。


鼻腔を付く、僅かに帯びた酒気の臭い。


差し出した手のひらに、紙切れと、ザラついた固形物が乗る。


ポケットへ押し込む。


「ありがとう、いつもごめんね」


領収書と、お菓子か何か。


眼鏡を外す。




伊藤 博志(27) 余命:29年 倫理:低 幸福:低




(……はは、感謝するなら、名前で呼べ)


氷室は、無言で背を向けた。


営業の共有端末の前に滑り込む。


鮮明に見える。


個人チャット。


情報システム部。


――橋本 悠陽


淀みなく、打ち込む。




『座敷童、お前だろ? 橋本』




即レス。




『君、誰?』




淡々と打つ。




『遅いな。まだ、分からないのか?』




眼鏡をかけ直す。


世界が再び濁る。


即座に、フロアを脱出した。


廊下でモップを握る。


餌は撒いた。


(誰が書いたか、知りたいだろ? ……見回りに来い)


スマートフォンが短く震える。


1階、赤城からのチャット。


『警備室から男が一人、エレベーターに向かいました』


(……警備室? 2階の電算室と繋がっていたのか)


『異常なし』


『異常ありません』


『異常ないです!!』


連打される、仲間たちの報告。


チーン。


電子音が、廊下の静寂を切り裂く。


エレベーターのドアが、重々しく左右に開いた。


そこに立っていたのは、男。


不自然に低い身長。


ぶよぶよと醜く肥大化した、中年の肉体。


生理的な嫌悪感。


ドアが開いた瞬間、氷室は眼鏡を毟り取った。


全神経を、その異形へ集中させる。




座敷童(1679) 余命:― 倫理:― 幸福:低



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