表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/22

ゼロデイ


暗闇。


『!! ありがとうございます!(今日ちょっと駅前に新しく出来たラーメン屋さんの気分なんですけど、どうですか……!!)』


グリ、グリ。


「あ~、惜しかったんだ~。アオイちゃんは、麺類が好きだよね~」


『わかった』


「ユイかあ。ユイちゃんかなあ……」


年齢。住所。年収。


冷徹な文字列に還元された、個人のすべて。


「ん~、ユイはちょっとプライドが高いんだよね」


うんうん、と頷く。


ポテトチップスを口へ放り込む。


湿った咀嚼音。


クリックと咀嚼。


ボリッ、カタッ


そのタイミングを合わせる。


ボリッ、カタッ


モニターの中の顔写真を弄ぶ。


「ごめん~、推せないんだ~。ユイはちょっとな~」


油塗れの指先。


ポテトチップスが喉を下る。


『やった! 一人だと入れなかったので嬉しいです! 遠藤、行ってきます!!』


グリ、グリ。


隣の端末。


──白鳥美砂(33)庶務課 役員付 係長。


「ババアだね~、しばらく見てないんだ~」


遡るログ。


『氷室さん。遠藤さんの仕事のスピードが遅いと考えています。契約更新を検討していますので、所感を頂けますか』


「うわ、コイツ、本当に性格悪い。アオイちゃんは頑張ってるのに……何でこんなこと言えるんだろ。キモッ……」


白鳥の端末を表示する。


リアルタイムで映し出される、他人の領域。


正社員のみに許された、秘匿された商談管理情報。


検索──『言得洲企画』。


「大型継続案件だねえ~」


開かれる、今後の受注見込み。


「ユイあれかな? これで稼ごうとしてるのかな~。……やっぱり推せない。ユイはダメだなあ~」


通知音。


「ん?」


情報システム部所属。


橋本悠陽は、新着の申請書に目を通すと、震えた。


「あ、あ、クソババア、だめッ! アオイちゃんだめッ!」


抗議する。




◇ ◇ ◇




氷室のスマートフォンのレンズ。


機密データを冷酷に切り取る。


カシャ、カシャ。


言得洲企画。


次の大型継続案件、受注は今日。


(今日、何かが起きる。これで分かる)


白鳥のデスクを離れ、日常の泥沼へと戻る。


珈琲メーカーの清掃時間。


思考は停止していても、指先は機械的に動く。


何度も繰り返した、無意味な労働。


「派遣さんが来てから、珈琲が美味しくなった気がする」


「ちょっと、その言い方、やめなよ……」


背後の女性社員達。


今なら、その寿命さえ覗き見れそうな気分だった。


清掃を終える。


「お待たせしま――」




日向 渚(24) 余命:59年

沢渡 澪(24) 余命:56年




「……し、失礼します」


眩暈を堪え、這い出るように営業フロアへ向かう。


「あ、派遣さん。ごめん! まだあってさ……、いい? 今日が期限なのは知ってるんだけど、静子社長同席の商談が入っちゃって、ごめんね……」


押し付けられる領収書。


視線を紙から、男の顔面へと這い上がらせる。




伊藤 博志(27)余命:29年




「はい、大丈夫です」


氷室は沸き上がる感情を押し殺すと、会釈した。




12時6分。


庶務課の扉を開いた。


(……見える。これは、何だ)


扉が閉まる。


「先輩」


振り返ると、遠藤の顔が、暗く沈んでいる。


「ランチ、楽しみにしてたんじゃないの?」


「そうなんですけど、こうでして……」


指差すモニター。


男性社員からの、粘つく個人チャット。


食事の誘い。


波風を立てまいと、泥沼のような言い訳が入力欄に並んでいる。


『お疲れ様です!わざわざお誘いいただきありがとうございます! せっかくお声がけいただいたのですが、最近プライベートも含めてバタバタ――』


一瞥。


無駄な躊躇。


氷室の手がキーボードへ伸び、一気に全削除。


「時間をかけるだけ、無駄」


カタカタ、と冷淡な打鍵音。


最短ルートの拒絶を叩き込む。


『お疲れ様です。仕事とプライベートは分けたいタイプですので、個別での食事はご遠慮させてください。失礼します』


「早く行こう」


「はい!!」


弾かれたように笑顔を取り戻し、庶務の扉を開ける後輩。


エレベーターへと小走りで向かう、その無防備な背中。


ふと、視線を凝らした。


ほんの、軽い悪趣味のつもりだった。




遠藤 葵(22)余命:0日




世界が、急速に凍りつく。


すでに最終執行の段階に入っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ