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【閲覧注意】大型案件の決済種別が『一家心中』だった。 ――因果を読む派遣社員は、322歳の社長を許さない  作者: 葛石
第四章 因果応報編

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17270315_100B


もうすぐ22時。


氷室は、暗がりに潜むビルの非常階段に向かっていた。


鉄扉のレバーを引く。


鍵は、掛かっていない。


氷室は静かに眼鏡を外した。


瞬間、ぼやけていた世界が鋭利に切り裂かれる。


超高解像度の視界。


夜風に舞う木の葉の微細な欠片さえ。


今の氷室の眼から逃れることはできない。


――代わりに。


網膜の奥がチリチリと音を立てる。


視力の寿命がガリガリと削られていく。


(……急がないとね)


足元を確かめながら、静かに階段を上る。


その時、不自然に煌めくものが視界を過った。


足元に僅かに微かに光る、細い糸のようなもの。


それは意志を持つかのように、暗い階段の上へと伸び、繋がっている。


氷室は、その奇妙な光の糸を追いかけた。


階段を踏み締め、気付けば5階にまで達していた。


フロアへ通じる扉を開く。


当然、施錠はされていない。


皮手袋ごしに、ドアノブの冷たさが伝わる。


ギィ、と微かな音を立てて扉をあけた。


(……有能だな、白鳥)


目の前に広がったのは、底の知れない闇。


両目が、焼けるように痛む。


氷室はふと確信した。


この光の糸は、自分が進むべき道と一致している。


氷室はポケットから、白鳥から受け取ったICカードを取り出し、センサーへと翳した。


ピッ、と電子音が小さく響く。


ロックが解除された。


ゆっくりと、闇の奥への扉が開いた。


――社長室。


光の糸は、漆黒のデスクの上に鎮座するパソコンへと絡みついていた。


電源は落とされていない。


青白い光が、氷室の潰れかけた瞳を刺す。


パスワード入力画面。


氷室の指先が、迷いなくキーボードの上で踊った。




『17270315_100B』




――ログイン成功。


最近使用したファイルに素早く目を通す。


すべてファイルサーバー上に格納されている。


氷室はポケットから、新品のUSBメモリを4本取り出した。


手際よく、本体のソケットへ次々と差し込んでいく。


データ量が膨大すぎる。


ファイルサーバー内の中身を4つに分割し、一斉にダウンロードを開始した。


画面に広がる、4本のプログレスバー。


5%……。


10%……。


網膜がチリチリと焼ける。


互いに競い合うようにして緑色のバーが伸びていく。



『操作してるの、誰?』




突如、画面中央に飛び込んできたポップアップ。


社内用の個人チャット。


氷室は動じない。


(ああ、コイツ、この時間でも監視しているのか。――橋本だな)


予測はついていた。


氷室の指先は、即座にキーボードの上を走る。


『私よ』


静子になりすまし、素っ気ない返信を打ち込む。


プログレスバーは、20%……25%……。




『は~い』




画面の向こうから、緊張感のない返信。


氷室は額を伝う冷や汗を、手の甲で静かに拭った。


『じゃあ見回りは、しませ~ん、クソババア~』


氷室の頭脳が、その言葉を鋭く捕らえる。


(……見回り? リモート監視じゃない。コイツ、今、このビルの中にいる)


背筋を冷たいものが伝う。


思考を巡らせる間に、最後のプログレスバーが100%に達した。


氷室は差し込まれたUSBを、一つずつ確実に引き抜く。


手のひらでマウスを掴む。


元あった位置に寸分の狂いもなく戻した。


静かに社長室を後にする。


外階段への扉を開けた。


ここから先の後処理と施錠は、白鳥の役目。


痕跡は、一切ない。


ポケットに収まった4本のUSB。


確かな反撃の実感をその指先に覚えながら、地上の扉を押し開けた。


冷たい夜気に触れながら、外した眼鏡をかけ直す。


何事もなかったかのように、氷室は静かに歩き去った。


網膜の奥では、まだチリチリとした痛みが、不気味に燻り続けていた。


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