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【閲覧注意】弊社の『大型案件受注』の決済種別が『一家心中』と『交通事故』だった。――余命と因果を改竄する派遣社員の私は、322歳の社長を許さない。  作者: 葛石
第二章 秘密工作編

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16/45

納期:本日


庶務課の扉を開ける。


「おはよう」


二人の朝の挨拶が返る。


氷室は真っすぐに歩を進め、デスクの前に立った。


「白鳥、頼みがある」


「はい、何でしょう」


横で、遠藤がぽかんと口を開けた。


三人だけの、狭く閉ざされた部屋。


「社長のパスワードを割る。私が合図したら、内線で5分、社長を繋ぎ止めろ。ロックを解除する瞬間を、この目で直接見る」


落とされた言葉。


静寂が、部屋の空気を完全に凍らせる。


氷室の瞳に宿る執念。


「遠藤」


ビクリ、と遠藤の肩が跳ねる。


「……すまない。私と白鳥の分の仕事を、任せていいか?」


「は、はい! 遠藤、やります!!」


張り詰めた声。


遠藤は深く、深く一礼した。


「白鳥」


「はい」


氷室は、スマートフォンの液晶を無機質に明滅させた。

「準備がいるはずだ。いつできる?」


白鳥の脳裏を、黒い思考が駆け巡る。


あの女社長を5分間、デスクのパソコンから引き剥がし、受話器に縛り付ける方法。


――ある。


だが、それは自らの身を削る、手痛い犠牲を伴うやり方。


「いつでも、できます」


社長の予定表に刻まれた、10時までの空白。


「今から始める。白鳥、信じたぞ。5分だ」


白鳥の指先の震えが、ぴたりと止まった。


瞳の奥に据わった、引き返せない覚悟。


「はい、大丈夫です。信じてください」


横で、遠藤が息を呑む。


「3分後にかける」


冷たい言葉だけを残し、氷室が部屋を去る。


「……白鳥さん、なんか、変わりましたね」


怯えを孕んだ遠藤の声。


振り返る白鳥。


その顔には、歪んだ、満たされたような慈愛が浮かんでいた。


「遠藤さん。今まで優しくしてくれて、ありがとう。私は酷い態度ばかり取ってきた。許してなんて、言わないわ。……でも、困った時はいつでも言って」


何でもするから。


底知れない気配に、遠藤は本能的に一歩身を引いた。


遠藤の視線が、白鳥のディスプレイを捉える。


開かれた、メールの送信画面。




宛先 言得洲企画

添付 新東邦物産の極秘価格表




致命的な情報漏洩。


「え、こ、これ……」


白鳥の口元が、静かに吊り上がる。


確率ゼロの誤送信を引き起こす、執念の引き金。


スマートフォンをじっと見つめる。


カーソルは、すでに『送信』のボタンの上で静止していた。


震える液晶。


画面に浮かぶ、氷室結衣の名。


カチ。


迷いなく、白鳥は左クリックを押し込んだ。


破滅のメールが、ネットの闇へと放たれる。


そのまま、受話器を掴み上げた。


社長室への内線。


ガクガクと、遠藤の膝が震え出す。


ゆっくりと首を巡らせる白鳥。


その瞳は、黒い狂気に染まっていた。


「白鳥です。社長、申し訳ございません。新東邦物産に言得洲企画様の価格表を誤送信してしまいました。本当に、申し訳ございません」


白鳥の声は、言葉とは裏腹に、歪んだ歓喜で小刻みに震えている。


『……貴女、信じられないミスをしたわね』


受話器の向こうから、地を這うような静かな怒りが伝わる。


白鳥の口元が、さらに深く吊り上がる。


満面の笑み。


「たったいま、誤送信をしてしまいました。申し訳ございません。……先方の営業担当に見られてしまいます。社長、なんとか……なんとか出来ませんか」


『……私が向こうの常務と何とかするから、そのメールをすぐに転送しなさい』


「はい、すぐに転送します――」


壁の時計を凝視する。


画面上で明滅する『転送』の文字。


――押さない。


意図的に、破滅の時間を引き延ばす。


ニヤニヤと、白鳥が遠藤へねっとりとした視線を送る。


遠藤は、総毛立つような恐怖を覚えた。


白鳥は空いた手で除菌シートを引き抜くと、氷室のデスクの表面を、執拗に磨き始めた。


ツンとしたアルコールの臭いが、澱んだ室内に広がる。


『まだ? 来ないわよ』


冷酷な催促が鼓膜を叩く。


「すいません。もう一度、転送します」


白鳥は、滑らかに嘘を吐き出した。


『もういい、内容を教えて』


「わかりました」


口から漏れる、詳細なリーク情報。


だが、その手は何事もないかのように、氷室のデスクを清掃し続ける。


稼ぐべき時間を、完璧に稼いだ。


白鳥は、ようやくデータを放流する。


カチ。


――転送。


平然とマウスをクリックした。


「……白鳥さん、なんか、怖いですよ」


「私もそう思う。でもね、遠藤さん」


白鳥が振り返る。


その顔に張り付いた、生暖かい、満面の笑み。


「この手、もう止まらないの」


遠藤の全身が、完全に凍りついた。




◇ ◇ ◇




社長室。


淡々と問題に対処する、女社長。


「――ああ、江藤常務。お忙しいところにごめんなさいね、福止です。ええ、実は今、うちのバカがちょっと間違えまして。……そう、新東邦物産の価格表が混ざっているの。見られたらお互い面倒でしょう?」


氷室の耳には届かない、受話器の向こうの低く掠れた男の声。


「――ふふ、さすが江藤常務。話が早くて助かるわ。来々期のビルメンテナンスの契約、お礼も兼ねて前倒しするから」


デスクのディスプレイが、冷酷に暗転する。


ロック画面への移行。


――5分。


白鳥は、完璧に時間を稼ぎきった。


刹那、氷室は振り返る。


狙い通りの、いつもの悪癖。


静子の指先が、反射的にキーボードへと躍り出た。


無機質な打鍵音。


氷室の網膜が、そのすべての軌跡を完全に捕捉する。

一文字たりとも、逃さない。


脳を突き抜ける、崩れ落ちそうなほどの激痛。


だが氷室は、最後の一打が打ち込まれるその瞬間まで、冷徹に、すべてを脳裏へ焼き付けた。




『17270315_100B』




(はは、設立記念日と、年商目標の1000億……)


映し出される画面。




【購買申請:詳細】


申請者

福止静子


品目

本年度の余命延長の幸福


承認者

システム管理者


内訳

赤城 晴馬(24) 死因:殺人事件 納期:本日

沢渡 澪 (24) 死因:殺人事件 納期:本日




ドットの配置。


その一粒までを網膜に焼き付けた。


眼鏡をかける。


一礼。


視界をその場に置き去りにした。


ドアノブがぼやけて、見えない。


眼球の奥で、硝子体が軋む。


氷室は、両目を手のひらでかばいながら、部屋を去った。



第二章をお読みいただき、ありがとうございます。


氷室の共犯者、白鳥が舞台に登場しました。


本作は結末までノンストップで駆け抜けます。


ぜひ画面下の【ポイント】や【いいね】を押して、最後まで見届けていただけると嬉しいです。


皆様の熱量(応援)次第で、氷室が結末の更に先、いくつものストーリーを駆け抜けていく未来が決まります。


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