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監視、パスワード


午後。


「白鳥、予定表を見せて」


「はい」


氷室は、女社長のスケジュールを開く。


画面を埋め尽くす「非公開」の無機質な文字。


だが、不在を示す空白さえ分かれば、それで十分だった。


(……14時までは不在。安全に忍び込める)


二人の間に漂う、昨日までとは違う張り詰めた空気。

様子を窺っていた遠藤は、それを察したように清掃用具を持って部屋を出て行った。


「今から社長室に行く。外で見張っていて。誰か来そうなら合図を」


「はい、わかりました」


白鳥は、スマートフォンを両手で強く握りしめた。


二人は庶務課の扉を開け、静かに廊下を進む。


(……一人より、遥かに動きやすい)


役員フロアに辿り着くと、白鳥は入り口付近でカモフラージュの清掃を始めた。


氷室は、その背中を追い越し社長室へ。


乾いたノック。


返事はない。


ドアノブを回す。


無人の空間。


一直線にパキラへと近付く。


瑞々しい緑の葉を、迷わず掻き分けた。


仕掛けた、直径2ミリのレンズ。


――ある。まだ、バレていない。


氷室はポケットから小さなハサミを取り出した。


パチン、と硬い音を立てて結束バンドを切断する。


冷たい汗の滲む手で、カメラとプラスチックの破片をポケットへ押し込み、素早く部屋を後にした。


外で、今にも押し潰されそうな表情をしていた白鳥を回収し、エレベーターに滑り込む。


「白鳥、午後休をもらう」


白鳥が、深く頷いた。


「はい。あとは私が引き継ぎます」


「気をつけて。いつも通りに過ごして。……あと、遠藤のことも頼む」


「わかりました」


庶務課へ戻ると、氷室は荷物を纏めてすぐに退勤した。


静まり返ったオフィスで、残された白鳥は、氷室の午後休の申請書を静かに作成し始めた。




14時17分。


帰宅した氷室は、即座にノートパソコンへカメラを接続した。


動画を再生する。


冒頭、画面いっぱいに映る自分の顔。


パキラへレンズを仕込む、あの瞬間だ。


早送り。


『パキラは金運を上げる木なのよ。私は大好き。ありがとう』


スピーカーから流れる社長の声。


その視線は葉の表面をかすめ、そのまま通り過ぎた。

(……やはり、気づいていない)


続いて、退屈な経営会議。異常はない。


しばらくして、社長がスマートフォンを取り出し、通話を始めた。


無操作のまま、時間経過でパソコンの画面が暗転する。


ロックがかかった。


(来た。ここだ……)


キーボードへ両手が乗る。


パスワードを入力する、その刹那。


ふわりと、空調の風にパキラの葉が揺れた。


緑の影が、狙い澄ましたように指元を完璧に遮る。


冷たい感覚が、足元から這い上がる。


さらに動画を進める。


だが、静子がパスワードを入力する瞬間は、100%——間違いなく精確に、ピントが狂うか葉に覆われ、記録を拒絶していた。


偶然などではない。


世界の因果が、その瞬間を隠蔽している。


ギチチ、と爪と爪を擦り合わせる、乾いた音が室内に響く。


諦めず、さらに早送りする。


翌朝、再び社長が部屋に現れる。


起動、ロック、解除。


どれほど繰り返されようと、解除の瞬間だけは、すべて鮮明な映像から排除されていた。


だが、画面を凝視する氷室の口元が、わずかに歪む。


「……そう。よくわかった」


レンズの向こうの自分自身が、勝利を確信した顔でハサミを取り出す。


「パスワードはわからなかったけど、勝った気分だ」


氷室は、世界の『隙』を見出していた。


社長の癖。


画面がロックされると、すぐさま、反射的にロックを解除する。


(記録できないなら、直接この目で見る)


時計の針は、19時58分。


底をつきかけた最後の力を振り絞り、バスルームへ足を運ぶ。


(……明日、パスワードを割る)

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