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13/22

チョコレートのお菓子

翌朝。


氷室は、ひどく重い瞼を擦った。


社長室に仕掛けた、あの監視カメラ。


最初は、そればかりが脳裏をよぎっていた。


だが、深夜。


スマートフォンの冷たい光とともに届いた、涼子からのメッセージ。


『週末にまた話がしたい。ちょっと、精密検査の結果が良くなかった』


『わかった。土曜日で。場所は私が決めとく』


不穏な文字列が、網膜の裏に焼き付いて離れない。


鉛のように重い身体を引き摺り、いつもの通勤路を歩む。


(……眠れなかったな。今日は、すぐに休もう)


会社に到着する。


エントランスの時計が、無機質に時を刻んでいた。


8時32分。


これから始まる長い一日に、氷室は深い溜息を落とした。




庶務課の扉を開く。


室内に充満する、張り詰めた空気。


あの刑事が、そこにいた。


白鳥は肩を震わせ、今にも決壊しそうな表情で床を凝視している。


「白鳥さん? 三年前の付きまとい案件の話をしてるだけですよ」


倉持の、低く濁った声。


「刑事さん、私、なにも知りません……」


「あ、あの、刑事さん。もういいですよね? 白鳥さんは関係ありません」


遮る遠藤の声は、恐怖で薄く上ずっていた。


倉持の眉間に、深い皺が刻まれる。


「……御社、福止屋さんね。あんたらの周り、人が死に過ぎるんだよ」


パチン、と手帳が閉じられた。


「どういうことですか」


氷室の声に、倉持がゆっくりと振り返る。


「……ああ、これは氷室さん」


酷く不躾な視線が突き刺さる。


「三年前にここに派遣されていた男が、自殺しましてね。死ぬ間際、白鳥さんの名前を呟いていたそうだ」


閉じた手帳の角が、倉持の指先で弄ばれる。


「でもねえ。男の周辺を洗うと、もうすぐ結婚の話が出ていた。なぜ『今』なんだ? そして、気になって足を運べば、当の白鳥さんはこの怯えようだ」


カシン、カシン。


ポケットの奥から響く、古びたライターの不穏な金属音。


「何を隠している?」


「いえ、何も」


氷室は、射抜くような鋭い視線を真正面から受け止めた。


倉持の目が、獲物を値踏みするように細められる。


「……あんた、もう手が震えないね。その目、人を殺しちゃった目だ。俺の勘が言ってる。お前が隠してることが、俺の知りたいことだ。――氷室」


「さあ」


吐き捨て、氷室は倉持の横をすり抜けた。


デスクに腰掛け、パソコンの電源を入れる。


冷たい起動音が、室内の沈黙を切り裂いた。


その背中を、倉持が忌々しげに睨みつける。


遠藤と白鳥は、ただ息を潜めて、その一触即発の空気に耐えていた。


やがて、形の崩れた挨拶を一つ残し、刑事の足音が遠ざかっていった。




午前中。


執拗に、白鳥が背後にまとわりつく。


また中身のない、業務改善の体裁をとった言い訳。


「白鳥さん、いい加減にしてください」


振り返り、冷徹に告げる。


「その話ばかりで、もうお昼になります。午前中の業務が完全に滞っている」


「そ、それは……。私も手伝うから――」


(……想定外だな。先に白鳥の相手をするか?)


ぬるくなった缶のブラックコーヒーを、一気に喉へ流し込む。


舌に残る、焦げ付いたような苦味。


「白鳥、もうやめろ。お前の話に付き合うつもりはない」


白鳥の顔から、一瞬で血の気が引いた。


驚愕の相。


その後ろで、遠藤までもが息を呑む。


「あ……氷室さん、ごめんなさい。……そう、よね」


力なく、白鳥が自席へ背を向ける。


その足取りは、ひどく脆い。


「……あ、あの、先輩」


遠藤が声を潜めてすり寄ってきた。


「ん?」


「ちょっと、一回だけでいいので、白鳥さんとちゃんと話してみたらどうですか……? 今の白鳥さん、少し、かわいそうで……」


(……ああ、かわいそうなのか)


「わかった。遠藤がそこまで言うなら――」


遠藤が、スッと小さなチョコレートの菓子をデスクに置いた。


「お昼休み、先輩が誘えば、絶対に付いてくると思います」


「……ああ、ありがとう。最近、少し疲れている。ごめん」


「大丈夫です!!」


11時57分。


氷室はお菓子を掴むと、静かに白鳥の席へと歩き出した。


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