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設置場所


氷室は品目を見て、目を見開いた。


「……改心してるじゃないか」


謝恩会の成功。


ただそれだけのために、二つの人生が壊された。


犠牲者の片方は、見ず知らずの他人。


だが、ついさっきまで真面目に生きようとしていた、普通の人だ。


一度は過ちを犯しても、やり直そうともがいていた。


それが理不尽に踏みにじられ、人生ごと世界に搾取された。


(許せるか、こんなの……)


震える拳。


氷室は深く、息を吸い込んだ。


選ばなければ、ならない。


氷室は、迷うことなくその指を突き立てた。




【運命の改竄】


――生存:白鳥美砂(33)




因果の糸が、強制的に書き換わる。


包丁を拾った男は、そのまま虚ろな目で通り過ぎて行った。


入れ違いに、曲がり角から白鳥が現れる。


最悪の因果の交差点が、何事もなかったかのように過ぎ去った。


「おい、白鳥ッ!」


氷室は白鳥に詰め寄り、その胸倉を力任せに掴み取った。


「忘れるな。こんなふざけた運命は、私が許さない。覚えろッ! お前は殺され、私がそれを救った。協力しろ、必要になったら呼ぶからな……」


ガタガタと、白鳥の全身が恐怖に震える。


怯えきった視線が、真っすぐに氷室を捉えていた。


頷く白鳥。


その瞬間、代償が支払われる。


氷室結衣の肉体がさらに壊れ、残された寿命が急速に削り取られていく。


視界が、一気に暗転した。




8時56分。


隣のデスクで、遠藤が仕事の準備を始める。


ディスプレイのニュースサイト。


その文字列は、一人の男の自殺を小さく伝えるだけの無機質な記事に書き換わっていた。


視線を上げる。


離れた席。


そこに、生きている白鳥の姿があった。


目が合う。


白鳥が席を立ち、真っすぐに氷室へと向かってくる。


氷室は観察する。


(……遠藤は記憶していなかった)


命を削った代償。


「ねえ、氷室さん。そっちの会社の勤怠表、毎日承認するの何とかならない? 無駄よね。月に一度にして欲しいんだけど」


「はい。自社に伝えます」


機械的に応じ、要望をテキストにして自社へ送信する。


だが、白鳥の気配が消えない。


まだ氷室の隣に立ち尽くしている。


「……何ですか?」


「あ、いえ。考えごとをしてただけ……」


何かを言いたげに、視線を彷徨わせる白鳥。


その割り切れない様子を置き去りにし、氷室は立ち上がる。


「あと、本日、午後休を頂きます」


「え、ダメよ。当日の申請なんて――」


制止の声を背に、氷室はフロアを出ていく。


白鳥は、去りゆく背中をただ目で追った。


その指先が、震えている。


「……? 白鳥さん、顔色が悪いですよ?」


遠藤の怪訝な声に、ハッと我に返る。


「そ、そう? 大丈夫。……大丈夫よ」


強張った笑みを浮かべる白鳥を、遠藤は不思議そうに見つめていた。


白鳥は自席に戻ると、氷室の午後休の手続きを始めた。




午後。


休暇を得た氷室は、電気街の雑踏の中にいた。


脳内を占拠する思考は、ただ一つ。


――社長のパソコンを、いかにして覗き見るか。


雑居ビルの一角。


防犯用品の専門店。


古い基盤が発する特有のプラスチックの焦げた匂い。


怪しげな光を放つショーケース。


ボタン型。


火災報知器型。


メガネ型。


あらゆる擬態を施された無数のレンズが、氷室を凝視している。


導き出した、冷徹な最適解。


――盗撮。


キーボードを叩く社長の指先、そのパスワードを完全に捉える。


氷室の視線が、一点で止まった。


指先に乗るほど小さな、超小型ピンホールカメラ。


これを買えば、明確に一線を越える。


(ああ、そうか。犯罪者になるというのは、こういうことか)


胸は痛まない。


恐怖すら湧かない。


(悪いことをしている自覚がないのか、あはは)


氷室は迷わず、カメラの箱をカウンターの店員へ差し出した。


無機質な決済の音。


購入した機材を鞄の奥へ滑り込ませ、店を後にする。


押し寄せるノイズの中、脳内で社長室の光景が回り始める。


設置場所は、どこだ。

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