「Jesus」
湖を眺めるタケル。
乾いた風が水面を揺らす。
「アランのこと、心配?」
セレーネが尋ねる。
「心配なんかしないさ。……俺、悔しいんだよ。あいつみたいに覚悟決めて走れないからさ」
「そう……」
タケルの顔を覗き込むセレーネ。
タケルは照れ隠しのように立ち上がる。
「そろそろ戻るか!」
テントの中ではタツが歩き回っていた。
「ウロウロされると邪魔なんだけど」
アルが鍋をかき混ぜながら言う。
「だって、兄貴のこと心配じゃないのか?」
不安な表情のタツ。
そこへタケルが戻って来た。
「戻ったぞ!」
陽気な声のタケル。
「もうちょっとでできるから」
アルが答える。
タケルが食器棚に手を伸ばしたとき、
タツがふと尋ねた。
「セレーネと一緒じゃないのか?」
「え?」
タケルは後ろを振り返る。
セレーネは、まだテントの外で湖を眺めていた。
タケルは外に出て声をかける。
「おーい、セレーネ! 何やってるんだ? 飯ができるぞ」
「あそこに……何かいる」
タケルは身構える。
「ショクブツか!」
セレーネは首を横に振った。
湖の一点をじっと見つめるセレーネ。
その視線の先には、木造の小舟が浮いていた。
望遠鏡を構え、小舟を確認するタケル。
最初はただの影に見えたが、目が慣れるにつれ輪郭が浮かび上がる。
「どういうことだ・・・」
タケルの手から双眼鏡が落ち、地面に鈍い音を立てた。
小舟には、縄で縛られた子供が乗っていた。
タケルは素早く双眼鏡を拾い上げ、
テントへと駆け戻る。
「おい、どうしたんだよ。そんな急いで」
タツが尋ねる。
「湖に・・・子供がいる。縄で縛られていて・・・」
タケルは息を整える間もなく言う。
「生贄か……」
アルが手を止め、小さく呟いた。
「生贄って?」
セレーネが問いかける。
「囮さ、村のはぐれもんを使ってショクブツを遠ざけるんだよ」
そう答えるタツ。
「まぁ、失敗したらしいけど」
そう言ってタツは灰になった村を見つめる
思い詰めたように顔を歪め、アルはテントを飛び出していく。
小舟を確認したアルは、そのまま湖に飛び込もうとする。
「やめろ! この距離は無理だ」
タツは腕を掴んでアルを静止する。
「けど……!」
アルとタツが言い合っている横で、
タケルは小舟を見つめ、拳を握った。
「俺が行く・・・」
二人が振り返るより早く、
タケルは湖へ向かって走り出していた。
「おい、タケル!」
タツの声が飛ぶ。
タケルはそのまま湖に飛び込んだ。
生ぬるい水が全身を包む。
子供までの距離は思ったより遠かった。
必死に腕をかき、前へ進む。
だが途中で呼吸が乱れた。
「……っ、くそ……」
足が沈む。
水が口に入り、視界が揺れた。
岸から叫び声が聞こえる。
「戻れ!」
タケルは返事をしようとしたが、
声より先に水が喉に流れ込んだ。
身体が重くなる。
腕が動かない。
「タケル!」
アルの声が遠くなる。
タケルは必死に水面へ顔を出そうとした。
次の瞬間、誰かの手がタケルの腕をつかんだ。
水の中へ沈みかけていた身体が、強い力で引き上げられる。
タケルは何が起きたのか理解できないまま、
意識を失ってしまう。
「おい! しっかりしろ!」
ぼやけた視界が広がる。
その中で、アランの姿がゆっくりと浮かび上がってきた。
声も、少しずつ輪郭を取り戻す。
「ゲホッ」
タケルは咳き込みながら息を吸う。
「大丈夫か?」とアラン。
「あぁ……」
タケルは少し辛そうに返事をした。
「子供は?」
すかさず尋ねるタケル。
カートが「ん」と言いながら、
親指で後ろのテントを指す。
テントの中で、ハンナが寝ている子供を撫でている。
「よかった……」
タケルはその場にへたり込む。
「ベックに礼を言っておけよ」
カートが優しく笑いながら言う。
「そうか、ベックが……」
タケルは湖の中で掴まれた腕を見つめた。
ベックは、シモンズの肩を借りて客車のベッドへと身を預けた。
「全く、なんて無茶を……」
シモンズが呆れたように言う。
「兄貴〜!」
タツとアルが駆け寄ってくる。
「ったく……お前ら、心配しすぎなんだよ」
ベックの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
再会を終え、皆が寝静まったころ。
ハンナは水を飲むために起き、
何気なくボートから汽車を眺めていた。
すると、汽車の影からセレーネが姿を見せ、
ベックたちのテントへと入っていく。
「こんな時間に……少女が男だらけのテントに?」
ハンナは胸の奥に小さな不安を覚え、
そっとテントへ近づいた。
布の隙間から覗くと、
セレーネがしゃがみ込み、誰かに話しかけている。
気になったハンナは耳を澄ませた。
「いつから起きていたの? さっきの話、聞いてたんでしょ?」
セレーネの声がテントの中から聞こえた。
「す、すいません! セレーネさん、盗み聞きする気はなかったんです。
さっきの話っていうのも、聞いてなくて……」
ハンナが慌てふためく。
「え?」
セレーネは静かに戸惑う。
そのとき、
「あーあ、うるさいったらありゃしない」
と、子供が大きなあくびをしながら起き上がった。
「アンタ、私の狸寝入りを見破るとは大したもんだね」
子供がセレーネに向かって言う。
「どういたしまして」
セレーネは淡々と返した。
「えーっと……」
ハンナは戸惑いながら二人を見比べる。
「アンタ、セレーネだっけ?」
子供が問いかける。
「どうして彼女の名前を?」
ハンナが首をかしげる。
「はー……アンタ鈍いね。狸寝入りしてたって言ったろ。
会話、全部聞いてたんだよ」
子供は当然のように言った。
「あなた、名前は?」
セレーネが落ち着いた声で尋ねる。
子供はセレーネの顔を覗き込み、
「アンタ、覇気がないね。感情が無さすぎるというか……」
「ちょっと、失礼ですよ」
ハンナが慌てて注意するが、
子供は気にする様子もなく、
「私の名前はマコ。よろしくな」
と手を差し出した。
セレーネは首を傾げ、不思議そうにその手を見る。
「不思議なのはこっちだよ。握手も知らないのかい?」
マコが言うと、
セレーネはハッとしたように目を見開き、
そっとマコの手を握った。
カート達との出会いから数日後。
ネモは暗い荒野の中で、ひとり立ち尽くしていた。
雷鳴が鳴り響くと同時に、雨が激しく降り始める。
その雨音に紛れるように、地面がわずかに震えた。
次の瞬間、地中からツタが勢いよく飛び出してきた。
地面を割り、蛇のようにうねりながらネモへ迫る。
だがネモは微動だにしない。
ショクブツがネモの体に触れる直前、
ネモは軽く身をひねり、ショクブツたちの攻撃をかわす。
着地したネモは、迷いなくアームに電池をセットした。
アームから青白い光が走り、エネルギーのムチが伸びる。
ネモは自由自在にムチを操り、ショクブツを焼き切っていく。
周囲のショクブツが怯んだ隙に、
ネモは腰を低くし、地面に片手をついた。
アームのダイヤルを軽く捻り
背中から光の羽を展開させる。
ネモは跳躍し、夜空へ舞い上がった。
コウモリのように滑空しながら、地面へ向けて光線を乱射する。
荒野が一瞬だけ昼のように明るくなり、
地中に潜んでいたショクブツたちが次々と倒れていく。
ショクブツを倒し切ると
ネモは羽を収束させ、静かに着地した。
雨音だけが、再び荒野に戻ってくる。
そのとき、アームから着信音が鳴った。
ネモは舌打ちし、通話を繋ぐ。
「随分と荒ぶっているね」
青年の声が、機械越しに響く。
「何か問題でも?」
ネモは冷たく返した。
「いや、特には。ただ、先日のことで――」
そう青年が言いかけるとネモは
「勘違いするなよ」と苛立ち遮る。
「分かっているよ」
と青年は落ち着いた声で言う。
「君は情報が欲しい。
僕は、人手が欲しい。
そういう関係だろ?」
「分かってるなら、報酬をさっさとよこせ」
ネモは吐き捨てるように言い、通信を切った。
通信を切られた青年は、
薄暗い屋内で椅子に座っていた。
「大丈夫だよ。
唯一の情報源に対して、迂闊なことはしないだろうからね……」
青年は手元の一枚の写真に目を落とし、
ゆっくりと微笑む。
その背後には、
巨大な鎧が配線に繋がれ、
静かに佇んでいた。




