「Deliverance」
灰色の岩肌が続く山岳。
崩れた斜面の上で、人々が走り回っていた。
「被害状況は!」
「こっちに負傷者が!」
「炊き出しはまだか!」
声が散り、土煙に吸われていく。
その奥に、テントが一つ。
中ではシモンズが頭を抱えていた。
地図の上に、塔の位置だけが濃く残っている。
「こうなった以上、塔ごと壊すしかないやろな……」
テントの布が揺れ、シライが入ってきた。
迷いのない足取りだった。
「何を言っている」
シモンズが顔を上げる。
「セレーネはんを取り込んだ幹を破壊すれば、
ショクブツ達の進化は収まるんでしょ? そないやったら……」
「鍵が見つかったんだ……」
シモンズの声はかすかに震えていた。
「まだ、未完成のシステムに固執するんですかい?」
シライの声は乾いていた。
「いい加減目を覚ましたらどうです。今の状況でそんなこと言ってる場合ちゃいますやろ」
「あのシステムだけが、ショクブツをこの世から完全に消せるんです。それを壊すなど……」
「旧時代の武器がギョーさんあるやろ。それに巨鎧だってある。倒していけばええだけちゃいますか」
「あなたはショクブツの繁殖力を分かっていない!」
シモンズの声が少し荒れた。
シライは肩をすくめる。
「分かっていないのはシモンズはんや。ショクブツは雷雨とか嵐みたいなもんや。完全に無くすことはできへん。何度でも襲いかかってくる。それでも備えをし、対策をとることで、やり過ごすことができる。そうやってショクブツと共存していくのが、一番の策ちゃいますか」
「でも……」
シモンズは言い返せない。
言葉が途中で崩れた。
シライは静かに見下ろす。
「シモンズはんは、ショクブツに復讐したいだけちゃいますか?」
その一言が、空気を裂いた。
シモンズの目がわずかに揺れる。
二人の様子を、静かに見ているタケル。
その視線に気づき、シライは鼻で笑う。
「どいつもこいつも、女に振り回されおって」
そう言うと、テントにシライの部下が続々と入ってきた。
「!? これは……」
シモンズが立ち上がる。
シライは短く告げる。
「シモンズはん。あんたには長官の座を降りてもらうで」
部下がシモンズの腕を取る。
「連れて行き!」
シモンズは抵抗しなかった。
シライはタケルの肩を軽く叩く。
「タケルはんも気つけなはれよ」
そしてタツへ向き直る。
「じゃ、タツはん頼みましたで」
タツは黙ってその場に立ち尽くす。
シライはテントを出る。
外では部下が集まり始めていた。
シライは声を張り、命令を告げる。
「三日後に塔を破壊しに行く。よう準備しときや!」
雪がちらつき、足元を白く染めていく。
山岳の騒ぎから離れた荒野。
薄い霧が谷を流れている。
その静けさの中で、ベックとアランが並んで歩いている。
「おい、なんだってこんなところに、」
アランは汗を拭いながら、ベックに問いかける。
「いいもん見せてやるよ」
ベックは勿体ぶったような言い方をし、笑っている。
谷を降りていく二人。
「ここだ」
アランは、茶色い岩壁を前にして呟く。
「?ただの壁だろ」
そう言って壁を見つめるアラン。
よく見ると、壁には茶色い布が被せられていた。
「いいもん見せてやるつっただろ」
ベックはそう言って、布を引き剥がす。
布の下には
黄色い巨鎧の姿があった。
光を反射しない装甲。
色だけが浮いて見えた。
「どうだ」
ベックは巨鎧を見つめながらアランに問いかける。
アランは巨鎧に近づいていく。
装甲に触れ、確かめるように細部を覗き込む。
「……動くのか」
「動く。俺は乗らないって言ったのに、
マコが必死こいて直してくれてな」
そのとき、谷の上から足音がした。
「ベックさん……大変です。塔が……」
ベックは報告書を受け取り、視線だけで内容を読む。
牢屋の前に立っているタケル。
その視線の先には、シモンズの姿があった。
シモンズは牢の中に囚われている。
「シライさんを止めに行かなくていいんですか? 早くしないとセレーネさんが……」
「……」
ただ黙っている見つめるタケル。
シモンズは言葉を止める。
タケルの背後に目を向けると
少し離れた位置にタツの姿があった。
タケルを監視するかのように立っている。
「アランのやつ、ペンダントをしていなかった。カートの形見みたいなもんなのに……」
不意にタケルが呟く。
「何か知っていないか?」
そう問いかけられ、シモンズはわずかに眉を寄せる。
不思議そうな顔だった。
「あぁ、あのペンダントなら、カートと旅に出る前にアランが自ら置いていきましたよ」
「ペンダントは今どこに?」
「リエムの書斎ですが……どうしてそんなことを?」
「それだけ聞ければ十分だ」
そう言って、タケルは牢屋を後にした。
避難キャンプは、ショクブツ討伐の準備で慌ただしかった。
薄く積もった雪の上で、
人々の声が重なり、道具の音が響いている。
タケルはその喧騒を無視するように、山岳を進んでいく。
しばらく歩き、巨鎧の前で足を止めるタケル。
「止めなくていいのか?」
タケルが短く呟くと、
後方からタツが現れる。
タツは歩みを緩め、その場に留まった。
何か言いたげにしているタツ。
「兄貴に……」
タツがそう言いかけると、
タケルは軽く舌を突き出し、下まぶたを指で引いた。
「嫌だね。自分で言えよ」
そう言って、白い巨鎧に乗り込むタケル。
「ふぅ……みんな、最後まで自分勝手だな……」
タケルは前を向き、エンジンを入れる。
「待ってろよ、セレーネ」
白い巨鎧が地を離れた。
月に照らされた山岳の影が、ゆっくりと下へ流れていく。
塔に近づくにつれ、進化を続けるショクブツ達が姿を表す。
速度をあげ塔の間近に迫るタケル。
すると、突如として空が裂けた。
ショクブツ達が雲の層を破って飛び出してくる。
蔓が束になり、雷のように空中を走った。
タケルはハンドルを倒しつつ、照準をショクブツに合わせる。
巨鎧が急旋回し、蔓の束をかすめて抜ける。
同時に、タケルは光線を放った。
白い巨鎧から放たれた光がショクブツを貫く。
ショクブツ達は爆ぜながら地面へと落ちていく。
地上でも、何かが弾ける音がした。
「やはりな……」
塔の影の中、星明かりの下で、
黄色い巨鎧が地面を滑るように移動していた。
ショクブツを次々と倒し、
青白い光線で群れを貫いていく。
爆光が影を照らし、
緑の破片が雨のように散った。
次の瞬間
黄色い巨鎧はタケルに気がつき、
白い巨鎧へ視線を向ける。
地面を蹴り、空中へ飛び上がってくる黄色い巨鎧。
タケルの目前までくると、
迷いなく銃口を向けてきた。
照準が収束し、光が集まる。
白い巨鎧は両腕で防御して受け止める。
レーザーが装甲を削り、白い破片が空に散る。
「アラン……行かせないつもりか。お前はいつも……」
タケルは出力を上げる。
背部のスラスターが光を帯びた。
「ここで決着をつける」
その瞬間、
上空から黒い影が落ちてきた。
光線が二機の装甲を焼き、
衝撃で雲が裂ける。
翡色の巨鎧が、
二人の間を一瞬で埋めた。
「待っていたぜ、アラン!」
夜空のもとで、ネモの叫びが鳴り響く。




