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「November Rain」

「降るな」

そう呟き、周囲を見渡すベック。

風が湿り気を帯び、砂の匂いが薄くなる。

空の端から、鉛のように重い雲がこちらへ向かっていた。

「ベック、そろそろ……」

一人の女性がベックに語りかける。

女性の髪は高く束ねられ、陽に焼けた頬が少しだけ鋭く見える。

腰には工具のような金属片が吊られている。

目つきは昔より細く、迷いがない。

「あぁ、分かってるよ。マコ」

その一言で、空気が変わった。

「オメーら、行くぞ!」

ベックは前へ踏み出し、ショクブツの群れへと突っ込んでいく。

雷を纏った刀が、乾いた音を立ててショクブツを切り裂く。

蔓が焼け、地面に落ちる。

マコ達も続いた。

長羽織の裾を風に揺らしながら、ショクブツを次々と倒していくマコ。

「こいつで、最後だ」

ベックは跳んだ。

空中で刀を構え、最後の一体を突き刺す。

雷が走り、ショクブツは痙攣しながら倒れ込んだ。

砂埃が舞い、視界が悪い。

マコ達は武器を下ろし、互いに小さく頷き合った。

しかし、ベックだけは前方の一点を見つめ、険しい顔をしていた。

砂埃が薄くなるにつれ、ゆっくりと人影が形を持ち始める。

「テメェ……その腕のアーマー」

低く落ちた声が、風に流れる。

砂が完全に晴れたとき、そこに立っていたのは——

ネモの武器を持ったシモンズだった。


砂埃の向こうから歩み出たシモンズは、腕のアーマーを軽く持ち上げた。

「お久しぶりですね」

声は低く、風に流れる。

ベックは刀を肩に担ぎ直し、目を細めた。

「今更何の用だ?」

シモンズは答えない。

ただ一歩、前へ出る。

砂が足元で崩れた。

ベックも同じように踏み出す。

二人の距離が、ゆっくりと縮まる。

次の瞬間、ベックが斬りかかった。

雷が刃を走り、乾いた音が空気を裂く。

シモンズは腕のアーマーで受け止め、火花が散った。

「チッ……」

ベックが舌打ちし、横薙ぎに振る。

シモンズは身を沈め、地面を滑るように避ける。

砂が舞い、視界が揺れる。

シモンズの反撃は短い。

アーマーの刃がベックの腹を狙い、鋭く突き出される。

ベックは刀の柄で受け、衝撃で後ろへ弾かれた。

二人は再び構え直す。

湿った風が吹き、二人の裾が揺れる。

次の瞬間、シモンズの端末が短く鳴った。

「……なんですか」

戦闘の構えを崩さず、シモンズが応答する。

砂埃が低く流れる。

「何……? 分かりました。ええ、すぐに」

短く言い切り、シモンズは通信を切った。

シモンズの表情は一度も動かない。

刀を構えたまま、ベックが目を細める。

風が吹き、刃の雷がかすかに揺れた。

シモンズはアーマーの電池を入れ替え、

背から光の羽を伸ばす。

シモンズは踵を返し、黙ってその場を後にした。

光の羽が砂埃を割り、遠ざかっていく。

ベックは刀を下げず、ただその背を見送った。



警報が鳴り響く塔の中。

赤い警告灯が壁を照らし、研究員たちが走り回る。

光の羽を収めながら、シモンズは現場へ向かう。

雨水で濡れた体から、足元へ雫が落ちる。

床に落ちた水滴が、警告灯の赤を反射して揺れた。

「状況は」

近くの研究員に短く問いかけるシモンズ。

「実験中に彼女から突然、未知のエネルギーが発生し……

まるで吸い込まれるように、ショクブツの幹へと……」

「現状は」

シモンズの声に、わずかな苛立ちが混じる。

「彼女は幹に取り込まれてしまい……その後、幹のエネルギー値も急上昇しています。

その影響か、各地のショクブツ達にも変化が見られ……」

研究員は言葉を詰まらせ、必死に汗を拭う。

シモンズの歩く速度がわずかに速くなる。

「それと……主任に知られてしまい……」

「でしょうね」

シモンズは苦虫を潰したような表情をした。

焦りが隠しきれない。

研究区画の扉が見える。

シモンズは迷いなく手を伸ばし、

勢いよく扉を開けた。


部屋の中で、タケルが項垂れていた。

肩が落ち、拳を握りしめたまま動かない。

「どういうことだよ……」

声は掠れていた。

「何が……どうなっているんだ……!」

タケルの声は、塔の静けさに吸い込まれていく。

誰も返事をしない。

返せる言葉がなかった。

シモンズは視線を外し、中央にそびえるショクブツの幹を見つめる。

幹は淡い光を脈動させ、内部で何かが蠢いているようだった。

その横で、シライが低く言った。

「こうなった以上、ショクブツの幹を破壊するしかないでしょう」

タケルが顔を上げる。

シモンズは眉をひそめた。

「変異したショクブツは手に負えない。

壊せばショクブツ達は元に戻るんでしょう?」

シライの声は落ち着いている。

シモンズは短く息を吐く。

「そんなことをしたら、ショクブツを一掃することが……」

シモンズの声は低く、熱が混じっていた。

「俺たちが元に戻ったショクブツ達を倒していけばいい」

シライは幹を睨むように見つめる。

その目には、迷いよりも“覚悟”があった。

「無理です。ショクブツの繁殖力は桁違いだ」

シモンズは熱を帯びた声で、シライに言い返す。

研究室の空気が一瞬揺れた。

「ショクブツ達に指示を出しているこの幹を破壊するわけにはいかない」

シモンズがそう言うとシライは大きくため息を吐く。

「その幹に人の意思を反映させるシステムは未完成。そのうえ、ロックがかかっているときた。」

シモンズは幹の根元にある端末へ視線を移す。

ロックされたシステムの表示が赤く点滅していた。

警告音は鳴らないのに、赤い光だけが不気味に脈動している。

シライもその表示を見て、短く息を吐く。

研究室の空気が重く沈む。

タケルは拳を握りしめたまま、幹を見上げる。

その幹の中には、セレーネがいる。

「どうして……なんで……」

タケルはその場に蹲り、涙を流した。

額を床に擦り付けるようにして、震えていた。

シモンズがモニターをつける。

複数の画面が一斉に光り、研究室の空気がさらに重くなる。

オレンジ色に変異したショクブツ達が映った。

各地で猛威をふるい、村という村が襲われている。

塔から駆けつけた巨鎧が対処にあたるが、

変異したショクブツのパワーに圧倒されていた。

巨鎧の装甲が軋み、押し返されていく。

モニターの一つが切り替わる。

群れを成し、うねるようにグリーンハウスの外へ向かっているショクブツ達。

その先に、一台のバイクが映った。

「……こちらに向かってきている?」

シモンズが画面へ視線を固定する。

灰色のバイクが砂埃を巻き上げ、一直線にこちらへ向かっていた。

画面の中で、アランは身体を低く伏せ、

ショクブツに向かってバイクを走らせていた。



灰色の人型機体が、アランの背後でショクブツを蹴散らしていく。

ミサイルが着地し、泥と水飛沫が高く跳ね上がる。

冷たい雨が叩きつけ、爆煙をすぐに濡らして沈めていく。

銃撃がオレンジ色の蔓を焼き切るたび、

雨粒が火花に触れて弾け、白い蒸気が一瞬だけ立ち上った。

灰色の人型機体は、雨を浴びながら前へ進む。

「前だけ見てな! 私が道を作ってやる」

ジェスミーの声が通信越しに響く。

アランは身体を低く伏せ、バイクをさらに加速させた。

それでも、ほんの一瞬だけ振り返る。

「無理はするなよ」

少し心配そうな顔をするアラン。

灰色の機体の中で、ジェスミーが笑った。

「誰に言っているんだい」

濡れた装甲に雷光が反射し、暗い空の中で一瞬だけ輪郭が浮かぶ。

「安心しな。私は、まだ、死なないよ」

ジェスミーの声は強く、揺れなかった。

「アラン、あんたの呪いなんて、断ち切ってやるよ」

ジェスミーは口にくわえたタバコを吐き捨てる。

大きく息を吸い込み、ハンドルを強く握りしめた。

「行ってきな! 世界を変えにさ」

灰色の機体が再びショクブツの群れへ突っ込んでいく。

アランは雨の中、前を向いたまま、バイクを走らせた。

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