再走
「なんだい?」
ぶっきらぼうに言い放つ女。
灰色の髪が肩に落ち、タバコの煙がゆるく揺れている。
アランを見下げ、興味深そうに顔を覗き込む。
「あんた、一体どこから来たんだい。」
女はタバコを口から離し、アランの銃をじっと見つめた。
アランは言葉を失い、喉がわずかに動く。
「言えないようなところからかい?」
ゆっくり身構え、距離を測るアラン。
「安心しな。私もかつてグリーンハウスにいた身さ。」
女は微かに笑い煙を横に払う。
「まぁ、金持ち連中とは違い、塔の研究者だったがね。」
そう言い終えると、初老の女はアランへ手を差し伸べた。
「久しぶりの来客だ。お茶でも飲んでいきな。」
アランは戸惑いながらも、女の家へ足を踏み入れて行く。
乾いた木の匂いと、古い紙の匂いが混じっている。
「私の名はジェスミー・グレイヴ。あんたの名は?」
アランは短く息を吐き、自分の名を告げた。
湯を沸かし、紅茶を淹れるジェスミー。
アランの前にカップを置き、砂時計をひっくり返す。
ジェスミーは椅子に腰掛け、アランを見つめた。
タバコの火が小さく揺れた。
「……あんた、心の奥底では、死にたがってるね……
でも死ぬことを許されていない……」
アランはわずかに肩を強張らせる。
「こんな世の中だ。死にたい奴はごまんといる。
躊躇なく命を断つ奴だって山ほどさ。」
ジェスミーは煙を横に払った。
「感謝しなよ。繋ぎ止めてくれている、人達にさ。」
紅茶の湯気が静かに立ち上がる。
ジェスミーは砂時計の砂を一度だけ見た。
「で、私に何の用だい。」
アランは地図を握りしめ、息を整えた。
揺らぎのない視線でジェスミーの顔を見つめる。
アランは全てを語った。
塔で起きたこと。
カートの最期。
「そうかい。カートが……それにリエムも……」
女は短く息を吐き、椅子の背にもたれた。
その表情は、驚きでも悲しみでもなく、
長い年月のどこかで既に覚悟していた者のものだった。
「ロックをかけたのは私の旦那だよ。」
そう淡々と言いながら紅茶を注ぐジェスミー。
アランはわずかに身を乗り出す。
「今、旦那さんはどちらに。」
「旦那はとっくに亡くなったよ。」
ジェスミーはタバコをくわえ直す。
火が小さく揺れた。
「安心しな。キーは、ちゃんと残っているさ。」
アランはわずかに姿勢を正す。
「そのキー、貸してもらえませんか。」
ため息のように煙を吐き、天井を見つめるジェスミー。
「悪いがここにはなくてね。はるか遠くにある旦那の墓の中さ。」
ジェスミーはティースプーンをつまみ、カップの縁をゆっくりとなぞった。
紅茶の湯気と、タバコの煙がゆっくりと混ざり合う。
「たまには、墓参りにでも行くかね。」
ジェスミーはタバコを灰皿に押しつけ、立ち上がった。
椅子がわずかにきしむ。
「ついてきな。」
ジェスミーはそう言い、外へと足を運ぶ。
山の風が吹き込み、室内の紙片が揺れる。
アランはすぐにその背中を追った。
「こっちだよ。」
ジェスミーの声が響く。
しばらく進むと、岩壁の裂け目が現れる。
入口は狭く、獣道のように荒れていた。
ジェスミーはその隙間へ身を滑り込ませた。
アランも続き、暗い空気の中へ足を踏み入れる。
外の暑さが嘘のように消え、湿った石の匂いが鼻を刺した。
洞窟の内部はひんやりとしている。
「これは……」
アランは思わず声を漏らす。
「老人には、ちょっとばかし不便でね。」
ジェスミーは照明のスイッチを押した。
洞窟内に明かりが灯り、巨大な影の輪郭がはっきりと現れる。
「こいつに乗っていけばだいぶ楽になる」
袖をまくり、腰に手を当てるジェスミー。
洞窟の中には、人の形をした大きな機体が、
岩壁に寄りかかるように鎮座していた。
「こいつは見たことないかい?」
呆気にとられ、期待を見つめるアラン。
「塔にある鎧しか見たこたないみたいだね」
そう言うと、ジェスミーは機体によじ登っていく。
「見てな」
機体に乗り込むジェスミー。
しばらくすると、
機体の内部で、低い振動がゆっくりと立ち上がった。
洞窟の床がわずかに震え、
岩壁に寄りかかっていた巨体が、
重たげに自重をずらす。
装甲が薄く光り、
内部のラインが一本ずつ点灯していく。
冷たい白色の光が、金属の継ぎ目を静かに走った。
次の瞬間、
機体の脚部がわずかに沈み、
背面のユニットが展開し、灰色の装甲が滑るように分離する。
内部から現れた駆動機構が低く唸り
膝の下で金属が折り畳まれる。
三メートルの巨体が低く構えた。
「変形した……」
人型から、“乗り物”へと形を変えた機体。
「乗りな!」
機体の内部からジェスミーの声が響く。
「大丈夫なのか。
こんなのに乗ったら、悪目立ちどころじゃないだろ。」
アランは思わず口にした。
「この先に、人なんて滅多にいやしないよ。早くしな!」
ジェスミーにそう言われ、アランは急いで機体に乗り込む。
機体に入ると、
黒いパネルが正面に並んでいた。
白い数字が静かに点灯し、
左右のケーブルは整然と束ねられている。
座席は深く、
背面のフレームが硬い。
「レバーはそこだよ。」
咄嗟に言われ、戸惑うアラン。
「なんだい、老人に運転させる気かい。」
ジェスミーは、レバーとペダルの位置をひとつずつ示した。
アランは言われた通りに手を動かす。
機体はゆっくり前進し、洞窟の出口へ向かった。
外の光が、狭い通路を細く照らしている。
洞窟を出ると、風が機体の外殻を叩いた。
ふと、遠くを見ると、巨大なカニのような生物が何かを貪っている。
「こいつでの戦い方も教えてあげなくちゃね。」
ジェスミーは、軽く笑って言い捨てた。
風が装甲を叩き、機体はゆっくりと加速した。
数年後。
話し声が絶えない塔の中。
通路には人々が行き交い、足音が途切れなく響いていた。
「お疲れ様です!」
数人の兵が並び立ち、敬礼をする。
「ご苦労。」
そう言って、シモンズは扉を押し開けた
その側で、タツが控えるように立っている。
二人は部屋に入っていく。
部屋の中央では、丸い机を挟んでシライとタケルが向かい合って座っていた。
シライは机の上で足を組み、タケルは資料を静かに整えている。
「お待たせしてすみません。」
淡々と話すシモンズ。
書類を机の上に置き、椅子を引く。腰を下ろすと同時に、シライへ視線を向けた。
「シライさん、警護部隊の様子はどうですか?」
「みんな優秀やで。ショクブツとの戦いも軽々こなしてるわ。
さすが、シモンズ長官が選んだ人たちや。」
肩をすくめるシライ。
「あなたにも、いい加減、鎧に乗ってもらいたいのですが。」
「シモンズはんもくどいなぁ。飛行機の方が使い慣れてるさかい。」
「隊長として示しが付きません。」
シライは机の端を指で軽く叩いた。
「そういや、この前、ベックはんとマコはんを見かけましてね。」
突然、思い出したかのように言い放つシライ。
「相変わらず、ぎょーさん人を引き連れて、ショクブツ倒し回ってましたわ。」
シライはネモに関する書類を見つめ、低く呟いた。
「ベックはんは、いったい“誰”を追っているんでしょうね。」
三人のあいだに、わずかな沈黙が広がった。
「セレーネ……」
タケルが小さく呟く。
タツは俯き、苦しそうな表情を浮かべた。
その瞬間、緊急アラームが鳴り響く。
「北西の村から応援要請です。
至急、現場に向かってください。」
「はいよ。」
シライは椅子を軽く蹴るように立ち上がり、その場を後にした。
「科学班については、また後日。」
そうタケルに告げ、シモンズは静かに部屋を出る。
タツも、シモンズの背を追うようにして部屋を出ていった。
同じ頃。
とある山間の村。
夕暮れの光が斜めに差し込み、家々の影が長く伸びていた。
畑で芋を掘り返していた青年は、一仕事を終え、手ぬぐいで汗を拭った。
「お疲れ様!夕飯できているわよ」
家の方から女性が声をかける。
「おう!今戻る」
青年は農具を肩にかけ、帰り支度を始める。
「いい嫁さん貰ったな!」
中年の村人が声をかける。
「記憶喪失のよそモンだったお前が……成長したな」
「おいおい、親父さん、急になんだよ」
笑い合う二人。
次の瞬間、強い風が吹き抜けた。
上空を巨大な鎧が、轟音を残して猛スピードで過ぎ去っていく。
青年は思わず空を見上げる。
「塔の連中……近くでショクブツが出たのか……」
不安そうに眉を寄せた。
「アルさん!飯が冷めるよ!」
妻の声が、家の方から響く。
「はいよ!」
アルは、声に急かされるように自宅へ入っていった。




