=Into The Black
白い光が落ちる部屋の中。
シモンズとベック達が何やら言い争いをしている。
その中にハンナの姿はない。
「何度も言っているでしょう」
シモンズは端末を叩きながら言う。
「このシステムを使っても、命令途中で意識を持っていかれてしまう」
その言葉を聞き、ベックは苛立ちを露わにする。
「やっぱり納得いかねー」
椅子を蹴るようにして立ち上がった。
ベックの動きに、シモンズの目が細くなる。
シモンズは睨みを効かせて、話を続ける。
「ショクブツの細胞を持つセレーネなら、全てのショクブツを活動停止へと追いやることが可能です」
「だが、あいつは一生この幹に取り込まれ、動けなくなるんだろ」
「ショクブツを止めるには、この方法しかありません」
「ふざけるなよ!」
言葉がぶつかった瞬間、アラームが鳴り響いた。
赤い光が部屋を断続的に照らす。
シモンズはモニターに地図を出す。
「異常なエネルギー反応が……」
「ネモか。今度こそ……」
ベックの声が低くなる。
「変な気を起こさないでくださいよ」
シモンズは頭を抱えながら呟く。
「分かってるよ。セレーネを連れて帰ってくる。だがな——」
ベックはシモンズの顔面まで歩み寄り、睨みつける。
「絶対に、セレーネを人柱にさせねーから」
きつい表情で睨み合う二人。
一触即発の空気が漂う。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
タツが二人の間に割って入る。
「そもそもアランがロックの解除方法を見つけて戻ってくるまで、どうしようもないんだから」
「ッチ」
ベックは舌打ちし、視線をそらす。
空気が一度だけ沈む。
無言でその場を離れようとするシモンズ。
「シモンズ、辛いと思うが、一旦冷静になれ」
タツに声をかけられ、一瞬足を止める。
しかし振り返らず、そのまま部屋を出て行った。
「マコ。お前は残ってシモンズを見張ってろ」
苦虫を潰したような表情のまま、ベックは荒々しく命令する。
シモンズが部屋を出ていった後、三人はすぐに準備を整え、車で荒野へ向かった。
車に乗りネモを追うタツ、アル、ベック。
タブレットが示す目的地へと向かう三人。
外では、砂混じりの風が荒野をゆっくり削っていた。
数日走り、複雑に入り組む崖の上へとたどり着いた。
「ここら辺だよね」
アルがベックに声をかける。
「あぁ」
低く答えるベック。
その瞳は鋭く、前方の人影へ向かっている。
タツとアルも人影に気づき、車内の空気が一気に重くなる。
車は砂を巻き上げて止まり、
ベックが重い腰を上げ、外へ出る。
風が止まっていた。
「よう、久しぶりだな」
ベックに突き刺された古傷を指でなぞり、
不敵に笑うネモ。
ベックは右手で刀の柄を軽く握り、
肩の後ろへと刀をかけた。
ネモへ飛びかかろうと、体を前へ傾ける。
しかし、次の瞬間——
ベックの視線がネモの背後へ向く。
「……」
ネモの後ろに、
風に揺られながら立つセレーネの姿があった。
砂が跳ねた。
ベックが踏み込み、刀が弧を描く。
電気を纏い、青白く光る刀。
ネモは腕のアーマに電池を込める。
黄色く光る刃でベックの刀を受け止めた。
衝突の音が乾いた地面に響く。
刃と刀がぶつかり合い、砂が爆ぜる。
ベックはさらに斬り込む。
ネモも出力を上げ、互いの軌道が交差する。
一瞬ごとに位置が入れ替わり、砂煙が舞った。
どちらも引かない。
だが、ネモの光が徐々に弱まっていく。
「電池切れか……」
ネモの足が後ろへ滑り、地面に深い溝が刻まれた。
「チッ……」
ベックが前へ出る。
光の刃が連続して走り、ネモは防戦に回る。
「勝負あったな」
力強く刀を振るうベック。
「それはどうかな」
ネモはベックの攻撃をひらりとかわし、
腕のアーマの電池を入れ替える。
背中のアーマーが唸り、光の羽が展開した。
空中へと飛び立つネモ。
ベックは空からの銃撃に、
刀を盾にして、ただ耐えることしかできない。
光弾が地面を抉り、砂が爆発する。
構えた刀が重く感じる。
追い詰められたベック。
呼吸が荒くなる。
次の瞬間、ベックの身体から紅の気配が立ち上がった。
紅の気配が滲み、輪郭がゆっくりと歪んでいく。
皮膚が金属のように光り、背から黒い翼が伸びた。
まるで、ドス黒い血を纏ったような、
獣のような、鎧のような
異形の姿に成り果てた。
刀が低く唸り、周囲の砂が吸い寄せられるように揺れた。
ネモは口角を上げる。
「やっと本気を出したか」
光をさらに強める。
ネモは一歩踏み込み、ベックの目の前で止まった。
「ベック。俺たちと一緒に来ないか」
「……あ?」
ベックの眉がわずかに動く。
「俺“たち”……?」
ネモはセレーネを見つめる。
「セレーネ、てめぇ……どういうつもりだ」
ベックの声が低く落ちた。
「手荒な真似はしたくないんだがな」
ベックは低く言い、刀を握り直した。
「逃げろ、セレーネ!」
アルがベックに飛びつく。
「何考えてる!」
ベックはアルを引き離そうとするが、
力の加減が難しく手こずる。
「おいおい? 仲間割れかい?」
ネモが煽るように声を投げる。
ゆっくりとアーマーをいじり、標準をベックへ向けた。
「まずい……」
ベックが体勢を整えようとした瞬間、
低い唸りとともに、荒野を裂くような風が吹き荒れた。
「なんだ!?」
ネモが反射的に顔を上げる。
空の上には、
巨大な鎧が三機、
砂煙を巻き込みながら降下していた。
地面が震え、砂が跳ねる。
「厄介だな……」
ネモは残りの電池量を確認し、めんどくさそうに呟く。
「行くぞ」
光の羽で素早く移動し、セレーネを抱き抱えるネモ。
「待ちやがれ!」
ベックの声を無視し、ネモは速度を上げていく。
撤退間際、ネモは銃を乱射した。
光弾が岩壁を砕き、砂埃が一気に立ち上がる。
崖の一部が崩れ落ち、視界が濁った。
砂埃が収まると——
巨大な鎧の一機が静かに地面へ着地した。
「……ベック、聞こえますか」
巨鎧から声が響く。
胸部装甲がゆっくりと開き、
その中からシモンズが姿を現す。
砂を払うようにして前へ歩く。
ベックは刀を構えたまま、目だけでシモンズを睨む。
「こんなところまで出てくるとはな」
無言のシモンズ。
何か言いたげな表情をしている。
シモンズが覚悟を決め、口を開こうとした瞬間——
タツの声が響き、その言葉を断ち切った。
「アル……? どこ行った」
ベックとシモンズは、わずかに目を見開いた。
慌てて周囲を探すが、
アルの気配は、崖の上からふっと抜け落ちていた。
砂埃の残り香がベック達を包み込む。
「暑いな……」
アランは地図を握りしめ、
高々と聳え立つ山岳を眺めている。
何度も季節を超え、地図の赤い印だけを頼りに
旅を続けた。
風の匂いも、空の色も、何度変わったか分からない。
それでも足は止まらなかった。
そして——
ついに、地図に記された目的地へと着いた。
そこには、小さな小屋が一つだけ建っていた。
木の壁は古く、ところどころ色が剥げている。
周囲には人の気配がまったくない。
アランは地図を握りしめたまま、小屋の前に立つ。
胸の奥が、わずかにざわついた。
扉の前に立ち、拳を軽く握る。
力強く扉をノックするアラン。
扉の隙間から現れたのは、一人の女性だった。
年の頃は五十を過ぎているだろうか。
しかし、その雰囲気はまったく衰えていない。
灰色の長い髪が肩に流れ、光を受けて淡く輝く。
「なんだい?」
ぶっきらぼうに言い放つ女性。
その立ち姿には、長い時間を閉じ込めたような静けさがあった。
タバコをくわえ、腰に手を当てている。
アランを見下げ、興味深そうに顔を覗き込む。
タバコの煙がゆるく揺れ、女性の片目がわずかに細められた。




