Into the Black =
吹雪の音が、遠くで低く鳴っている。
アランは洞窟の中で、
焚き火のそばで荷物を整えながら、肉が焼けるのを待っている。
そこから少し離れた場所で
カートが岩壁を背後に、佇んでいる。
何か小さく呟いているカート。
「そうか。こっちは……概ね順調だ」
まるで誰かと話しているような口ぶり。
「シモンズ達は元気か?」
カートは、その場にいない誰かに問いかけている。
日差しが照りつく荒れ果てた湖畔。
一人、車の中で寝そべっているベック。
車の外から、アルとマコ、タツの声がわずかに聞こえる。
「シモンズもハンナも元気だ」
ベックは独り言のように呟いた。
「シモンズは、塔の科学技術を大陸の村々へ伝えている。
武器や巨鎧を広め、ショクブツとの戦い方を教えるんだとよ」
車の外を見つめ、話すベック。
外では、3人が騒がしく、料理の準備をしていた。
「全く、あんたの血を飲まされたおかげで、
連絡係をやらされる羽目になるとはな」
「……すまない」
ベックには、カートの声が聴こえている。
「よせよ、お前らしくねぇ。」
笑いながら語りかけるベック。
「……アランの様子はどうだ?」
ベックからそう問いかけられると、
カートは、少し険しい顔をする。
洞窟の入口の方を見つめるカート。
アランの影が、揺れる火に淡く照らされている。
「いつも通りに見える。が……心配だ。
心の傷は、そう簡単に癒えるもんじゃないからな」
焚き火が小さく弾ける。
ベックは一呼吸置き、重たそうに口を開く。
「……ハンナから聞いたぞ」
カートは、少し困ったような表情をし、頭を掻いた。
カートとアランが塔を出る前のこと。
ハンナはカプセルの前に座り込み、
霜が張り付くタケルの顔をじっと見つめていた。
「タケルさん……」
静かに呟く声だけが、冷たい部屋に落ちる。
シモンズは険しい顔で、カプセルの調整を続けていた。
「……あれでよかったんですか」
シモンズがカートに問う。
カートは視線を落としたまま答える。
「人として楽に死なせた方がよかった……そう言いたいのか」
「いえ、そうじゃありません」
シモンズは首を振る。
「アランに選択させるべきだったのでは」
「……あいつは結局、選べなかった」
カートの声は低い。
「どうせカプセルに入れるのなら、アランさんが決断するのを――」
そうハンナが言いかけるがカートに遮られてしまう。
「無理だ、
あの傷じゃ、解凍時の負荷に耐えられない。
早く手を打つしかなかった」
ハンナは悲しい顔をし、黙り込んでしまう。
「ためらって決断しなかったことも……彼の選択では?」
そうシモンズが問いかけると、
カートは短く息を吐いた。
「ああ。そうかもしれない」
カートは、ポケットからライターを取り出して、タバコに火をつける。
白く濁った煙を吐き、タケルを見つめる。
「あの時、俺は……無責任にも
タケルとアランに賭けてみようと思っちまった」
シモンズは目を伏せる。
「もし、その賭けが外れたら……
「その時は俺が一人で背負う」
カートは静かに言った。
「だから、アランには――」
「分かってます」
シモンズが小さく頷く。
部屋には、カプセルの低い駆動音だけが響いていた。
「誰かと話しているのか」
焼けた肉を頬張りながら、カートの元へ顔を出すアラン。
「いや、独り言さ」
カートは何事もなかったかのように振る舞う。
二人は焚き火を囲み、地図を広げながら食事を始める。
アランを見つめるカート。
アランの様子は落ち着いて見えるが、
瞳の奥には薄暗い澱みが沈んでいた。
翌朝、洞窟を出た二人は雪山を下りながら旅を続ける。
雪原は次第に途切れ、低木の斜面へ。
さらに数週間が過ぎると針葉樹の森が現れ、雪はところどころに残るだけになった。
狩り、移動、休息。
同じ日が折り重なり、気づけば数ヶ月が過ぎていた。
途中、小さな町を通った。
市場の屋根はところどころ破れ、道端には壊れた荷車が放置されている。
古びた宿屋に泊まったアランとカート。
夜、アランは早めに寝床に入り、
カートは一階の薄暗い食堂で、一人コーヒーを啜っていた。
誰かと話すように、低く短い言葉を落としていく。
その途中で、カップが指から滑り落ちた。
軽い陶器の音が床に転がって消える。
「……そうか。ハンナが」
カートの声は、いつもより沈んでいた。
翌朝。
二人は最低限の物資だけを買い、長居せずに町を離れた。
カートは少し先を行く、アランの様子をじっと見据える。
歩き続けるうちに、
地面は岩がちになり、風の匂いも変わっていた。
ある夜のこと。
森を抜けた先の岩場の谷間に差し掛かったときだった。
「……何かいる」
アランの低い声が落ちる。
黒い影が、岩壁の上を滑るように動く。
細長い胴体、小さな頭部、均等な四肢。
二の腕から生えた翼は体に密着し、尾は直線的に後方へ伸びていた。
二人は岩陰に身を隠す。
「初めて見るやつだな」
周囲を警戒しながら呟くアラン。
「あんたはアイツのこと知っているか?」
アランはカートに尋ねるが、返事がない。
カートはぼんやりとした目で獣を見ていた。
「カート?」
「……あぁ……すまない」
カートは普段の鋭さがない。
動きがどこか遅れている。
「あいつは、爪と尻尾で攻撃してく――」
そう言いかけている間に
獣が一気に距離を詰める。
岩が砕け、粉塵が舞う。
「まずい!」
獣は勢いよく腕を伸ばし、鋭い爪をこちらへ向かってくる。
気がついた時には、アランの目の前に、獣が迫っていた。
白く冷えた爪を目の前に、死を覚悟するアラン。
「タケル……セレーネ……」
アランの口から、小さく言葉が漏れた。
その声には力はなく、
呼吸も浅く、胸の上下が小さい。
アランは一歩も引かず、
まるで、その爪を受け入れるつもりで立っているようだった。
「アラン!」
カートの叫びが響く。
アランの目元がわずかに強張る。
一瞬、空気がざらつき、
アランの体の周囲に、細かいノイズのような歪みが走る。
まるで、そこから消えかけたように見えた。
だが、次の瞬間には元の位置に固定されたまま、微動だにしない。
「くそ!」
アランは息を呑む。
次の瞬間、
目の前で鈍い裂けるような音がした。
アランは思わず目を見開く。
景色の奥で視界が遠のいた。
血に塗れた獣の爪。
その刃のような爪の奥に、
カートの体が貫かれていた。
岩場に鈍い音が落ちる。




