覚醒
静かにセレーネを抱き上げるネモ。
翼を発生させ、ゆっくりと、上昇していく。
「これで、やっと……」
ネモは瞼を閉じ、大きく息を吸い込む。
「俺を生み出した、あいつらに復讐ができる」
そうネモが言うと、ネモとセレーネを包み込むように、まばゆい光が弾ける。
その光に共鳴するかのように、カートの胸の奥から、
真紅の光がほとばしる。
「……逆らえないか」
悔しそうな顔をするカート。
カートの体も、ネモに引き寄せられるように、宙へと浮いていく。
塔の奥底にある古びた機械が、再び起動し、鈍い音を立てて動き出す。
抵抗できないカートを見つめながら、
ネモは勝ち誇ったように笑う。
「さぁ、あとは……」
視線をアランへ移すネモ。
だが、ネモの期待とは裏腹に、アランの体には何の変化もない。
「っち……天然物は面倒だ」
ネモはそう言い、腕のアーマーに電池を込める。
「じゃあな」
標準をリエムに合わせ、レーザーを放つ。
「っ……」
ネモの放ったレーザーは、リエムの腹部を貫通する。
「リエム!」
アランは咄嗟に叫び、リエムの元へ駆け込む。
声をかけながら、自分の服を破り、止血を始める。
「おい、しっかりしろ……!」
額に汗を浮かべ、必死に傷を押さえる。
「あんたには、まだ聞きたいことがあるんだ……」
ネモはアランの様子を静かに見つめた、
再びアーマーを構える。
「もう一押し、ってとこか」
その標準の先には、
カートの後ろ、物陰に身を潜めているタケルの姿があった。
ネモは迷いなくタケルを撃つ。
レーザーの光がタケルの体を貫通し、背後へ抜けて消えた。
「え……!?」
何が起きたのか理解できず、目を見開くタケル。
胸の左側が、静かに赤く滲み始める。
レーザーは心臓を的確に射抜いており、
タケルは血を吐いて倒れ込んだ。
「そんな……タケル? おい……返事しろよ」
狼狽えるアラン。
タケルは、遠のく意識の中で、もがくように何かを呟く。
「……セレーネを頼む」
その最後の声を聞き、アランは呆然と跪く。
「嘘だろ……」
目の前の世界がモノクロに沈み、形が歪む。
「やめろ……」
アランの頭の中で、リエムの記憶が断片的に浮かび上がる。
血。叫び。孤独。
アランは耳を塞ぎ、床に額を打ちつける。
「もう……やめてくれ……!」
その瞬間、アランの胸から、緑色の光が静かに噴き上がった。
押し込めていた力が、ひび割れるように溢れ出す。
「ついにこの時が来た!」
ネモは、嬉々とした様子で笑い、叫んだ。
上空へと手を掲げると、三つのエネルギーが一点に集まり、
空気が裂けるような突風が吹き荒れる。
部屋の壁や天井が崩れ、吹き飛んでいく。
塔に眠る機械が動き出し、低い振動音を響かせる。
ネモの目の前の、何もない空間に細い亀裂が走り始めた。
ネモは唾を飲み込み、そのヒビに触れようとする。
その瞬間、ネモの動きが突然止まった。
伸ばした腕が、小刻みに震えている。
「……!?」
激しい痛みが走り、ネモは腹部へ視線を落とす。
白銀の刀身が、背後からまっすぐ腹を貫いていた。
「お前は……」
振り返ろうとするネモ。
背後には、刀を突き立てたベックが立っていた。
その姿は人の姿をしているのに、どこかが違う。
黒い翼が、裂けた布のように広がり、
赤い装甲が、焼けた血のように光を返す。
生き物というより、
闇が形を取ったような存在だった。
「その姿は……」
ネモが苦しそうに呟くが、
ベックは、無言で柄を押し込んだ。
ネモの体は前へ傾き、
落下の勢いで腹に刺さっていた刀から引き離される。
抱えられていたセレーネと共に、
ネモは塔の外へと落ちていった。
ベックは、反射的に身を乗り出し、
落ちた先へ視線を走らせる。
だが、地面にも、瓦礫にも、影ひとつ残っていなかった。
「そんな……セレーネ……」
アランの視界が、涙で滲んだ。
「しっかりしろ!」
カートの力強い声が響き、
アランはハッと顔を上げる。
カートは荒い息を整えもせず、
タケルの止血を続けながら、
片手でカプセルの起動装置を操作していた。
アランがタケルの元へ駆け寄ろうとしたその時、
リエムが腕を掴み、アランを引き留めた。
掠れた声でリエムが呟く。
「騙したとは言わせないよ……
君に人類を導いてほしいと言ったのは、本当だ……」
「喋るな! 死ぬぞ!」
アランが叫ぶと、
リエムはわずかに口角を上げた。
震える指でポケットを探り、
小さな試験管を取り出す。
「これがあれば……彼は……助かるかもしれない……」
リエムはそれをアランに押しつけた。
「これは……」
アランが受け取ると、
突然、リエムの体が砂のように崩れ落ちていく。
「なんで……どうして……」
アランの声は、もうリエムには届いていなかった。
「あぁ……今度は僕が君の元へ行ってみよう……」
リエムは微笑み、空を仰いだ。
珍しく、気持ちの良いそよ風が吹く。
その風に乗るように、リエムの体はチリとなり、
静かに消えていった。
「やはり……人を辞めていたか……」
カートが低く呟く。
アランはチリを握りしめ、試験管を見つめていた。
「リエムが言ったように、それを使えばタケルは助かるかもな」
カートは一瞬だけ手を止め、アランをまっすぐ見た。
「だが、その細胞は実験に使われていたものだ。
ショクブツやノックオフ、未知の細胞の塊だ」
そう言うと、カートは
異質な気配をまとったベックを見つめた。
アランはサンプルを握りしめ、
決断できずに沈黙した。
数日後。
アランは明かりもつけず、
個室の隅で膝を抱えて縮こまっていた。
「俺は……何もできなかった」
かすれた声が、暗闇に沈んでいく。
その言葉に押されるように、
胸の奥で、あの日の光景が静かに蘇った。




